39 囚われる
それは悪夢の中にいるようだった。
熱にうなされているときに見る夢。
つい最近も、見たような気がする。
いや、最近と言うよりついさっきのことだ。
「う……」
「我が女王。苦しいですか?」
あの栗鼠の声が聞こえる。
邪霊、ラタ……なんとか。
「ラタトスクですよ。女王」
耳元で邪霊の声がして、飛び起きた。
「ここ……は?」
声が出る。
冷たくて、固い床に寝かされていたのが、わかる。
ということは……
「あたし、生きてる……?」
首を絞められて、息ができなくて、てっきり死んだかと思ってたのに。
「あなたを殺したりなど、いたしませんよ。女王」
粘っこくてキザで、いやな声がした。
邪霊の栗鼠の声。
マックスのお兄さん、第四王子トールビョルン。
気絶している間に、ここに連れてこられたことも、夢ではないんだ。
「えーっと、ラ……ラスク?」
とたんに、なにか鞭のようにしなるモノが、あたしの頬を打った。
「私を外国の菓子にしないでいただけませんか? ラタトスクですよ」
頬にヒリヒリとした痛みが走る。
「ここは、どこ?」
ひどく暗い場所だ。
邪霊が持ったランプは火の大きさを弱めに調整しているらしい。
ヤツの顔がボンヤリ見えるだけで、回りの様子はさっぱりだった。
窓がないから暗いのか、夜だからなのか、それさえわからない。
「お答えできかねますな。強いて言うなら、愚弟たちがいる場所からは、遠く離れております。助けを待っても、無駄ですよ」
「助け……?」
確かにマックスや義父さんなら、あたしを助けようとしてくれるだろう。
でも、それを期待しちゃいけない。
この邪霊は、関わっちゃいけないものだ。
あたしの中のなにかが、そう言っている。
なにより、こいつは「吸血樹」を操っている!
人の生き血を吸って、幼い子供を殺した、あの「吸血樹」を!
こいつはあたしがなんとかしないと……
でも。どうやって?
頭の中でグルグル考えていると、トールビョルンが近づいてきた。
カツ、カツ、と硬い足音が響く。
その音から、今いる場所が外ではなく、狭くて窓のない石造りの部屋だろうと、当たりを付けた。
ヤツはあたしの前に立つと、顎を掴んで上を向かせる。
「あなたに、我々の因縁をお教えしましょう」
ニヤリと笑うその顔は、栗鼠を思い起こさせた。
普段は可愛らしいのに、秋から冬に向かう時期は、気性が荒く獰猛になる栗鼠のことを。
+ + +
「ええい、起きろ!」
「んが?」
トールビョルンに耳を掴まれて起こされる。
もう、何回目だっけ。
痛いなあ。
「いい加減、人の話を聞け! 何度寝れば気が済むんだ! この阿呆め!」
「阿呆とはなによ! だから義父さんも言ってたでしょ? 神話関係の話を聞くと、勝手に身体が眠っちゃうのよ!」
「お前が神話を覚えられないのは、単に頭のできが悪いだけだと思ったんだ!」
「ひっどい言い方。散々『女王』とか呼んでおいて、それが本音なのね」
そう反論すると、トールビョルンがハッとする。
「あ、いや。そなたが私の女王であることは間違いない。今日はこの辺にして、明日またじっくりと教えてやる」
そう言うと、ランプを持ってどこかに消えて行った。
足音の他に、杖の音も微かに聞こえる。
第三王子殿下は身体が弱いとマックスが言っていたけど、トールビョルンも同じように病弱なんだろうか?
取り敢えず、今のところわかっている情報を整理しよう。
トールビョルンの言葉や室内の様子から察するに、今が夜だから暗いんじゃなくて、ここが窓のない場所だからのようだ。
鍵を掛ける音は聞こえなかったけど、人ひとり閉じ込めるのに掛けないはずはないな。
ということは、外から掛けたのだろうし、その音が聞こえないくらいドアに厚みがあるか、聞こえにくい素材なのか。
そしてここは義父さんの家からは、だいぶ離れているらしい。
でもそれなら、あいつはどうやってあたしをここまで運んだんだろう?
ここでも杖を突いていたということは、足が悪い振りをしているわけじゃなくて、本当に悪いのだと思う。
そんな身体で、気絶しているあたしを簡単に運べるものか?
うーん……
整理したところで、たいして何もわからないな。
「さて、と」
たぶん、しばらく戻って来ないだろう。
あたしにはもう一つ、わかったことごある。
トールビョルンは、神話についてはよく知っているみたいだけど、魔女についてはあんまり知らないらしいってこと。
知っていたら、あたしの手足を縛らず、口も塞がず、鍵を掛けて閉じ込めておくだけになんかしない。
あたしの魔法は、未来が少し視えることだけ。
誰かにあたしの能力を聞かれたら、大抵そう答えてる。
でも実際には、それだけというわけじゃない。
魔女なら誰でもできることは、わざわざ言わないだけだ。
スカートの裾を少し裂いて、紐を作る。。
それを少し垂らして持ち、紐の端に魔法の火を灯した。
紐の先に火が付いたように見えるが、本物の火とは違うので燃え尽きることはない。
魔女や魔術師なら、ヨチヨチ歩きができるころには覚えている魔法だ。
短い紐しか作れなかったので、あまり明るくないのが難点だが、贅沢は言っていられない。
取り敢えずそれを明かり代わりにして、回りを見まわした。
うん、やっぱり壁は石を積んで作られている。
床も天井も石だ。
そのまま部屋の外に出る。
通路の先が曲がっていて、そのさらに先には上り階段があった。
ということは、ここは地下なのかも。
そこまで確認したところで、一旦引き返す。
問題はどこの地下かってことよねー、と独り言を言いつつ元の部屋に戻ってきた。
が、部屋に入った瞬間、妙な気配を感じて総毛立つ。
「まさか、さっきのラタ……なんとかが帰ってきたの?」
しかし部屋で待っていたのは栗鼠ではなかった。
もっとおぞましいモノ。
それでいて、どこか懐かしいモノ。
「そろそろ、目覚めさせねばならなくなったねえ」
「やだ、嘘……」
「嘘じゃないさ、『森の女王』」
そこには大きな蛇がいて、あたしに話しかけてきたのだった。




