33 中央駅、夜明け前
一番早い汽車が出るのは、朝六時。
深夜に駅前の広場に降り立ったあたしたちは、改札が開くまでベンチに寄り添って暖を取りながら朝を待つ。
冬が近い夜の冷気が、身体の奥まで染み透った。
念のために持ってきたショールを、マックスの肩に回した後、自分の肩まで引っ張る。
お陰で、マックスとあたしの身体がピッタリくっついてしまった。
「ごめん、きついよね?」
「い、いや、その……」
顔を真っ赤にしたマックスが、目を逸らしながら言う。
「むしろ……嬉しいというか……」
ああ、もう。
なんだって、いつもそうやって返事に困ることを言うんだろう?
聞かなかったことにして、バスケットからウリカさんに貰ったサンドイッチを出す。
「はい、腹ごしらえ。食べると身体が温まるわよ」
「それは明日の昼ご飯では?」
「まだ残ってるから、大丈夫」
バスケットの中を漁っていると、奥に小さい瓶が出てきた。
赤い色の中身はワインかな?
蓋を開けて匂いを嗅いだマックスが「ワインにスパイスの香りが混ざってる。たぶん、ホットワインだな。冷めちゃってるけれど」と、あたしに瓶を押し付けてきた。
「なに? マックス、飲みなよ」
「実はあまりアルコールに強くないのだ」
「そうなの?」
義父さんの家で、蜂蜜酒を飲みたがっていたのに?
「飲んで!」
ワインをグイグイ押し付けてくるマックスに負けて、口をつけた。
実はワインを飲むのは初めてだ。
北国のルテアン王国では、ワインの原料であるブドウがほとんど育たない。
輸入品しかないからすごく高価で、金持ちとか貴族の飲み物とされている。
「ワインって、甘いんだね。あと、なんだか渋い。このピリッとした感じがスパイス?」
「ああ、甘いのは蜂蜜が入っているんだよ。渋みは赤ワインの特徴だね」
ふうーん。
コケモモか木苺のジュースみたいな味を想像してたけど、全然違うんだ。
「まあ、悪くないよ。飲みやすい」
うっかりそのままグビグビ飲んでしまって、気がついたらあと一口になっていた。
「ごめん、もう残りこれだけになっちゃったけど、飲む?」
瓶を差し出したあたしに、マックスが口元をグネグネさせて、なんとも言えない妙な表情になる。
「……なに? その顔」
「いや、その……」
口ごもりながら言葉を探しているマックスを見ていて、気がついた。
「……あ、ごめん! あたしの飲みかけなんて、口を付けたくないよね」
瓶の口を拭おうとすると、いきなり引ったくられる。
「いい! そのままでいい!」
「でも……」
「すごく、ワインが飲みたくなった! いただきます!」
なんだか、やけっぱちな感じでワインを飲み干した。
「……ふぅー……」
「無理に飲まなくても……」
「無理じゃない。少し喉が渇いていたから、ちょうどよかった」
「……なら、いいけど」
そこで会話が止まる。
深夜の駅前広場は静まり返り、寄せ合っているお互いの身体から伝わる心臓の音だけが聞こえた。
……これってきっと、あたしの心臓の音もマックスに伝わっているんだよね?
なんだか恥ずかしくて、今すぐ彼から離れて走りだしたいような、それともこのままずっと心臓の音と温もりに包まれていたいような、二つの感覚が行ったり来たりする。
耐えきれなくなったあたしは、質問をひねりだしてマックスに聞いてみた。
「ねえ、朝が来たらどこに行こうか?」
「あ、そ、そうだな……」
「マックスは今まで、吸血樹が出そうなとき、どうやってその場所を探していたの?」
「ああ……、王立軍の中に少し協力的な人がいて、そのツテで情報を得ていたんだ。城を出ちゃったから、もうその手は使えないな」
「ふーん、じゃあ、ウリカさんと王妃様と三番目のお兄さん以外にも、マックスに親切にしてくれる人がいたんだね」
なんだか、それだけでちょっと嬉しくなる。
マックスは血の繋がった人からは邪険にされてきたようだけど、それ以外の人に少しは恵まれていたってことだもん。
そのとき、いつだったか眠りにつくとき、頭に浮かんだことを思い出した。
「ねえ、マックスは自分のお母さんのこと覚えてる?」
「いいや。なんで?」
「うん。今まで忘れていたんだけど、あんたが持つ『真実の瞳』の力って、確か魔法の民の血を引いていないと顕れない力なんだよね」
「ええっ?」
本気で驚いているところをみると、マックス本人は知らなかったってことか。
「だから思うに、お母さんが魔女か、魔法の民の子供ってことなんだと思う」
「初めて聞いた。マグヌス氏からもその話は聞かなかったな。……でも、王城で働くには氏素性を細かく調べられるし、貴族の令嬢しかなれないはずだ。男爵とか子爵家の令嬢で魔法の民の血を引く者がいたというのか……」
「ウリカさんからも、聞いたことはない?」
「ああ、彼女は私が五歳の頃に働き始めた人だから、多分私の母のことは知らないと思う」
「そっか」
考えてもわからないことは、一旦置いておこう。
それより、この先のことを考えなくちゃいけない。
「じゃ、まずはこれからの行先を決めなくちゃ。危険な方角がないか視てみるから、待ってて」
あたしは東、西、南、北、と四つの方角に向かい、感覚を研ぎ澄ます。
「うーん。今のところ、どちらの方角にも、危険はなさそう」
「じゃあ、しばらくは吸血樹が現れることはないな」
「それなら、とりあえず義父さんのところに行こう? きっと今頃蜂蜜酒ができている頃よ」
「へえ、楽しみだな」
+
そろそろ朝一番の汽車が動き出す時間だ。
東の空が明るくなるのはまだ先だけど、改札の中で誰か動いている気配がする。
「そうだ。義父さんに会ったら、どうしてあたしを推薦したのか理由を聞かなきゃ。そうじゃないと、どうやってマックスを助けたらいいか、わからないもん」
「じゃあ、これからも吸血樹退治に付き合ってくれるのか?」
「勿論よ!」
あたしたちは、一日で一番寒い時間を、より一層身体を寄せ合うことで、しのごうとした。
そんなあたしたちを、誰かが見つめていたなんて、思いもよらずに……
+ + +
「ふうん、古老が住む森が南にあったな。やはり女王は森に帰るか」
そう呟いた人影は杖を突きながら、元きた道を戻っていく。
「それにしてもフレースヴェルグめ。私を差し置いて女王に接近するなど、許せん」
それはマックスのすぐ上の兄、第四王子のトールビョルンと彼が呼ぶモノ。
「朝が来てしまったので、今日はもうこの体にとどまるしかないか。夜が来たら南の森へ行ってみよう」
+ + +
カツーン……
小さく何かの音が響く。
「今の、何の音かしら?」
「え? 私には聞こえなかったけど」
「うん。……空耳か、駅員さんの足音だったのかも?」
そのままあたしたちは、一つのショールにくるまったまま、浅い眠りについた。




