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32 助けに来たわよ!

 待ち合わせ時間に少し遅れたあたしは、ウリカさんに平謝りしたけど、彼女は全然怒っていなかった。


「そんなに息が切れるほど急いでこなくても、大丈夫ですのに」


 マックスのことが心配だろうに、むしろあたしを労わってくれて、心の広い人だ。


 +


 借りていたお仕着せに着替えたものの、さすがに警備が厳しくなっていて、侍女に化けたくらいじゃ門番に追い返されそう。


「大丈夫。私にお任せくださいまし」


 ウリカさんは持っているカゴの中からマッチのようなものを出した。

 それを(こす)ると火花が蝶のような形になり、ひらひらと暗い空へと飛んでいく。


「これって……魔法じゃない! もしかして、ウリカさんも魔女なの?」


「これはマグヌス様が作られたものです」


「ああ、マックスが義父(とう)さんに依頼して作ったものなのね!」


 なるほど、それなら納得できる。


 火花の蝶は義父(とう)さんが得意な魔法道具で、本来はお祭りのときなんかの出し物で使う。

 蝶の他に、花とか動物とか、いろいろなものの形をとって、皆の目を楽しませるのだ。


 あと、お祭りで興奮した子供が森の奥に入っていかないよう、この火花の魔法には、人の目を釘付けにする魅了の魔力も込められている。


 見張り番たちは魔法の蝶を見ると、それを追わずにいられなくなり、フラフラと持ち場を離れてしまった。


「さ、行きましょう」


「はい!」


 ウリカさんは門番の他に、塔の下で見張っている兵士にもこの魔法を使い、マックスの部屋に行くのを手伝ってくれた。


 あたしは気が急いて、塔の長い階段を一気に駆け昇る。

 木のドアをノックして、でもマックスが出てくれるまで待ちきれず、勢いよく自分で開けた。


「助けに来たわよ! マックス!」


 本気で驚いたらしく、マックスの目は真ん丸だ。


「どうしてここへ? 君をこれ以上、巻き込むのはやめようと思っていたのに……」


「なに言ってるのよ。あんたはどうしたいの?」


「……自分が正しいと思うことを、続けたい」


 少しだけ迷った後、彼はあたしの目を見ながら言いきった。

 そうこなくっちゃ!


「それでいいわ。いろんな考えがあると思うけど、あたしはマックスの考えに賛成よ」


「ライラ!」


 あたしを抱きしめたマックスは、すぐにあわてて引き剥がす。


「あ、また私は……ごめん、ライラ」


「謝る必要ないわ! じゃあ、行くわよ!」


 そこまで話したところで、ウリカさんがやっと部屋に着いた。


「お待ちくださいませ。ウリカがすぐに準備をいたしますから……」


 息を切らしながら、どうにかそれだけ言うと、休む間もなくウリカさんが買い物用のカゴからパンやらハムやらを出して、サンドイッチを作ってくれる。


「お腹が空くと、気が弱くなりますからね」


 そういってサンドイッチを油紙に包むと、布でできた肩掛けカバンに入れて、あたしに持たせた。


 そのとき、ウリカさんとあたしの後ろで、ジャキッという音が聞こえる。


 見張りが来たかと思って、あわてて振り向くと、ハサミを持ったマックスが自分の髪を切っていた。


「坊ちゃま!」


「ちょっと……! なにやってんのよ!」


「いや、変装しようかと思って」


「そんなの、あたしの魔法があるじゃない」


 マックスはあたしから目を逸らしながら、切り落とした髪の毛を捨てる。


「君の魔法に頼ってばかりじゃ、いやなんだ」


 そんなこと言うけど、適当に切られた髪は不揃いで、これじゃますます悪目立ちしそうだ。


「ハサミ貸して! 義父(とう)さんの髪をよく揃えてたから、多少は見れるようにできるから」


 ウリカさんが無言で櫛をあたしに渡してきた。

 その櫛で整えながら、ジャキジャキ、ジョキジョキと勢いよく切りながら、ついでに前髪も作ってみる。


 元の髪型は前も後ろも均一の長さに揃えたロングヘアだった。

 切り終えた今は、中等部か高等部の学生みたいで、なんだかこれまでよりニ、三歳若く見える。


「うん、確かにこれで髪の色を変えたら、あんただって絶対わからないわよ!」


「うう……ウリカが毎日お手入れしたきれいな御髪(おぐし)が……」


 涙目のウリカさんを、マックスがそっとハグして慰めた。

 そうしていると、なんだか親子みたいだ。

 きっとウリカさん、マックスが小さいころから、面倒をみていたんだろうな。


「ごめんね、ウリカ。でも髪の毛なら、そのうちまた伸びるから」


「はい……。あのう、この切ってしまった御髪(おぐし)を、少しいただいてもよろしいですか? お守りにして、坊っちゃまのご無事をお祈りしたいのです」


 ちょっと待って、ウリカさん!

 あたしら魔女だったら、髪で連絡を取り合う魔法に使ったりするけど、普通の人の場合、そういうのって亡くなった人の形見じゃない?


 髪の毛をもらうって、マックスが死ぬ前提みたいで不吉だ。


 さすがにマックスも少しひいていたけど、気を取り直したのか「勿論、いいよ」と返事をする。


 マックス、偉いな。

 あたしだったら、ちょっとどう返したらいいかわからなくて、黙ってしまうかも。


 おまけにウリカさんてば、あしにまでマックスの髪を入れた袋を渡してくるし。


「ライラ様も、どうぞ」


「あ、えーっと……」


 振り返ると、マックスが複雑な表情のまま頷いていたので、受け取っておいた。


「それより、早くここを出ましょう! そろそろ見張りが持ち場を離れたのがバレてるはずよ!」


 扉に向かおうとするあたしを、マックスが止める。


「出口はこっちだよ、お嬢さん」


 マックスが指し示したのは、南向きの大きな窓。


「行ってらっしゃいませ、坊っちゃま。留守はウリカに、お任せを」


 マックスはコートの上から背中に小さい箱を背負い、あたしを横抱きにした。


「じゃあ、行ってくる!」


 そのまま勢いよく、窓枠を蹴って飛び降りる。


 王都の夜空に二人の身体が放り出されるけど、今日のあたしは悲鳴なんて上げない。


「しっかり、つかまって」


「うん!」


 マックスの背中から、バン! と羽が伸びる。


「改良版だから、この間の羽以上に安定して飛べるよ。でも今度は暴れないで」


「そんなこと、しないって!」


 笑いながらマックスの首にしがみつくと、ちょっと慌てたような表情をした。


 + + +


 あたしたちは知らなかったけど、そのころお城はちょっとした騒ぎになっていたらしい。


 ウリカさんが使った蝶の魔法に誘われて、裏門の番兵とマックスの塔の見張りが二組そろって持ち場を離れてしまっていたのだから、当然だろう。


 彼らを指揮するのは、王立直属軍のフレドホルム司令官。

 部下を叱りつけていた彼は、ふと空を見上げて呟いていたそうだ。


「今、なにか空を(よぎ)らなかったか?」と。

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