03 吸血鬼モドキ
「畜生! くそったれ! なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだ! 花も恥じらう十七の乙女だってのに!」
「花も恥じらう乙女の割に、口が悪いなあ」
「誰のせいだと思って……」
そこまで言って、ハタと気づいた。
いくらこの崖が高いからって、地面に激突するまで時間が掛かり過ぎてない?
「…………あれ?」
よくよく見れば、あたしとあたしを抱えた男は真下に落ちるんじゃなくて、鳥みたいに空中を横に移動している。
「え? な、なに? どういうこと?」
「空のランデブーですよ、お嬢さん」
恐る恐る振り返ってキザなセリフを言う男を見ると、奴は悔しいことに余裕の表情でニンマリと笑った。
でもあたしはその笑顔よりも、男の背中に生えているコウモリの羽みたいな謎の物体に目が釘付けになる。
(なに? 変な羽生えてる? こいつ、人間じゃないのかしら? 何者?)
ぐるぐると考えているうちに、あたしは近頃流行りの小説を思い出した。
それは夜な夜な乙女の血を吸う「吸血鬼」が主人公の恐怖ものだ。
その吸血鬼は、コウモリの羽のようなマントを翻し、夜の闇に潜んでいる……
(コウモリのようなマント……もしかして、もしかして?)
「いやあーーーー! 離して! 吸血鬼!」
「ちょっと、そんなに暴れないで! 危ない!」
男の腕から逃れようと、思い切り体を反らした瞬間、ボキリと変な音がして、今度こそあたしたちは真っ逆さまに落下した。
「キャアアアアアア!」
「言わんこっちゃない!」
その時点であたしたちはだいぶ低い位置まで降りてきていたようだ。
さっき眼下に見えていた川岸の木の中に二人して落下する。
ガサ! ザザザザザザ! バキ! ボキ! ドスン!
盛大に枝を折ったり体を打ち付ける音がした後、ようやくあたしたちは土の上に降りた。
というか、落ちた。
「痛ったた……くない? あれ?」
木の上から落ちて、枝に引っ掛かれてるはずなのに、さほど痛みはない。
落ちたときの衝撃も、思ったほど強くなかった。
「どうなってるの……?」
起き上がろうとして初めて、あの吸血鬼キザ男の腕が、がっちりあたしに巻きついていることに気がついた。
巻きついている、というより……
「もしかして、庇ってくれた?」
男の返事はない。
あたしのクッション代わりになって、のびている。
「……死んじゃったわけじゃ、ない、よね?」
吸血男の上に乗っかっているのをいいことに、そのまま胸に耳を当てた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
「脈がある。よかった、生きてた」
例え吸血鬼でも、あたしを庇って死なれたとなったら寝覚めが悪いからね。
とりあえず、男が生きていたとわかってホッと息をつく。
「フン! こんなとこで途中下車させやがって」
あたしにからまっている彼の腕をほどいて、立ち上がった。
この男の目が覚めて、血を吸われる前にとっとと逃げなきゃ。
落ちたのが、知ってる場所でよかった。
この渓谷なら、ちょっと離れたところに義父さんの家がある。
今から歩けば、昼過ぎには着くだろう。
「じゃあね、『真実の瞳』の吸血鬼さん」
歩き出そうとしたところで、吸血男に足首を掴まれた。
「命の恩人を見捨てて行こうなんて、ひどい淑女だな」
「やだ! ちょっと、離してよ! この、吸血鬼!」
「誰が吸血鬼ですか!」
「だって、あのコウモリみたいな羽……」
指をさして気がついた。
羽は両翼とも途中でポッキリ折れていて骨が見えていたが、それは木のようなものでできている。
作り物の羽だ。
「あーあ、壊れちゃった。せっかくの試し飛行だったのに……」
「はあ?」
男が聞き捨てならないことを呟くので、思わず聞き返す。
「試し飛行って、どういうこと? その作り物の羽で空を飛んだの、今日が初めてってこと?」
「ああ、そうだよ。君を人類初の空中散歩にエスコートできて、うれしいな」
「なあにが、『うれしいな』よ! 一度も試してみないうちに、あたしを抱えて飛び降りたわけ? もしその羽が上手く飛べなかったら、死んでたってことよね?」
「君のような美人と死ねるなら、本望だ」
「あたしは、イヤよ! あんたみたいな、どこの馬の骨ともわからない男と心中なんて!」
こいつがあんまり、わけのわからないことを言うので、あたしは思わずがなり立てた。
なのにこいつはそのままヘロヘロと笑いながら、あたしの怒りをいなす。
「つまり、どこの馬の骨かわかればいいんだね? じゃあ、自己紹介だ」
「いや、聞く義理はない」
両手で耳を押さえて「聞かない」意思表示をしているにも関わらず、男は優雅なポーズで礼をとった。
「私の名前はマクシミリアン。……聞いたことは、ないかなあ?」
「そんなどこにでもある名前、聞いたことはあるけど、あんたのことは知らない」
「……そうか。やっぱり私は影が薄いんだな」
本気でションボリした顔をするこの男、頭がおかしいんじゃないか。
マクシミリアンなんて名乗られたって、わかるわけないじゃないの。
男――ああ、マクシミリアンだっけ――は「どうせ、どうせ」と呟きながら、壊れた羽を回収している。
と、奴が後ろを向いたとき、背中がボロボロになっているのに気がついた。
「ちょっと、あんた! えーっと、マクシミリアンじゃ長すぎるから……マックス!」
「え? 私のことかい?」
やけに嬉しそうな、キラキラした笑顔で彼は振り向く。
が、よく見るとマックスの頭や手も掻き傷だらけで、あちこち血がにじんでいた。
「ちょっとあんた、傷だらけじゃない! ああもう、さっき落ちたときね!」
考えてみれば、あたし自身は枝に引っ掛かれた覚えも、地面に打ちつけられた覚えもほとんどない。
マックスが庇ってくれていたおかげだ。
その分、彼が傷だらけになっている。
得体のしれない変な奴だけど、あたしなりに恩義を感じた。
自分のせいで怪我をした人を、放っておくのは魔女が廃るってもんだ。
「あんた、歩ける?」
「ああ」
「ちょっと離れてるけど、あたしの実家があるんだ。そこで手当した方がいい」
「マグヌス・ライル氏か。私も彼に用事があるから、ちょうどいい」
マックスの口から思いもよらない言葉が出てきて、驚きのあまり一瞬声を失う。
「!…………あ、あんた、義父さんのこと、知ってんのお?」
「だって、この羽はマグヌス氏に作ってもらったものだからね、ライラ」




