29 王家の人々
アンネリとケンカした後、あたしは重い体を引きずるようにして部屋に帰った。
少し前まで、しばらく仕事に行けないことで気を揉んでいたが、今となってはどうでもいい。
いや、よくないけど。
まあ、アンネリたちみたいに遊びまわってない分、多少の貯金はあるから、少しの間なら食い詰める心配はない。
心配はないけど、怒った勢いで帰ってしまったアンネリの分も、お茶代を支払わなきゃいけなかったのは少々痛い。
「マックス……どうしているかな?」
王家が緘口令を敷いて、吸血樹のことを隠してきたのに、それを新聞で大々的に報じさせてしまったのだから、さぞ叱られていることだろう。
でも、ストランドさんに約束していたのだ。
『炭鉱で今何が起きているのか、中央の方々にお伝えいただければ、死んだあの子も浮かばれます』
いや、約束はしていなかったか。
あたしがストランドさんに突っかかっていったので、マックスは彼の言葉になにも返していない。
……でもマックスならきっとあの言葉を実行に移すだろうと、そう確信していた。
あの子の死に、あれほどに責任を感じていたマックスなら。
そう思っていたところに、誰かがドアをノックした。
「アンネリ?」
またあたしを説得に来たのかと思ったら、ドアの外に立っていたのはウリカさんだった。
「お願いします。坊ちゃまを助けてください」
彼女の口から、今マックスの身がどうなっているのかを、あたしは知ることになる。
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それは今日の昼のことでした。
マクシミリアン様は国王様に昼食の席に来るよう、呼び出されたのです。
マクシミリアン様は、滅多に王家の方々とお食事を共にすることがありません。
呼ばれずに食堂に行くと、兄上たちから追い出されてしまう為に、子供の頃からご自分のお部屋でお食事を召し上がっておられました。
ですから、本日はかなり久しぶりに王家の方々のテーブルに招かれたのです。
「何ヶ月ぶりでしょうか? 私が皆様と同じ食事の席に着くのを許されたのは」
マクシミリアン様はそう仰いましたが、単に呼び出されただけでお席にお食事は用意されておりませんでした。
代わりにあったのは、本日付けの新聞だったそうです。
国王様は新聞を指さして、仰いました。
「これは、どういうことだ? マクシミリアン」
マクシミリアン様は呼び出された時点で覚悟されておりましたから、落ち着いてお答えになりました。
「報道機関は、国民に真実を知らせる義務があります。新聞社がそれをおこなったことの、なにが悪いのですか?」
第二王子であるニクラス殿下もまた、マクシミリアン様を責めます。
「お前、鉄道事業を推し進めた母上の立場を悪くする気か?」
「今回の件は、母上お一人の責任ではありません」
そうお答えするマクシミリアン様に、今度はダーヴィド第一王子殿下が居丈高に仰いました。
「お前の母ではなかろう。王妃陛下と呼べ!」
「いいのです、ダーヴィド。母と呼ぶよう私が申したのですから」
ダーヴィド殿下の言葉を受けて、アグネータ王妃陛下がマクシミリアン様を庇ってくださいます。
王妃陛下は聡明な方で、決してマクシミリアン様に冷たい態度をとることはございません。
そこに遅れて現れたのが、トールビョルン第四王子殿下でございます。
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(マックスが『得体が知れない』と言っていた、あのお兄さんか)
あたしはウリカさんの話を邪魔しないよう、集中して耳をそばだてた。
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トールビョルン殿下は、エスビョルン殿下同様お体が悪く、いつも杖を突いていらっしゃいます。
そして、マクシミリアン様に対して蔑んだ態度を取られます。
今日もまた嫌味な挨拶をされました。
「やあ、わが愚弟どの、久しぶりだね」
マクシミリアン様がまだなにも答えないうちに、ダーヴィド殿下がトールビョルン殿下に口をきいたそうです。
「君こそ珍しい。また痩せたのではないか?」
「兄上こそ、食事の摂り過ぎではないですか? そんなに体に肉を付けたら、自慢の剣の腕も鈍りますよ」
トールビョルン殿下は体こそ細かったものの、ギラギラと野心に充ちた目を光らせました。
兄上方は常にこんな調子で、互いの揚げ足を取ろうとなさいます。
「それより、マクシミリアンの処遇だ。好き勝手できないよう、あの塔に閉じ込めておくべきだと思う」
そこに、ニクラス殿下が口を挟まれました。
ご兄弟の仲は悪うございますが、ことマクシミリアン様をいじめるときは、結託なさることが多うございます。
「賛成だ」
「異議なし」
それを聞いて心を痛められたのでしょう。
アグネータ王妃様が反対されました。
「わたくしのためというなら、マクシミリアンへの処罰は必要ありません。元はと言えば、鉄道事業を推進するよう計らったのはこのわたくし。何か起きたときにわたくしが責任を取ることは、当然のこと」
「お前が言いだしたこととはいえ、すでに王家が後ろ立てとなって鉄道事業を推し進めてから長い年月が経っている。お前一人で責任を負えるものではない。わかってくれるね」
国王様のそのお言葉が決定的になりました。
情報を勝手に解禁させたことを理由にマクシミリアン様が自室に軟禁されることになってしまったのです。
外と繋がりを持てないよう、手紙などの類は没収されてしまいました。
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「なによ、それっ……!」
あたしは頭にきて、目の前が真っ赤になるかと思った。
ひどい!
ひどいよ、皆して!
あ、王妃様は別だけど。
しかし、蒸気機関車の事業を進めたのは王妃様なんだ。
意外。
+
夜になり監禁される前、第三王子のエスビョルン殿下ががマックスに話しかけていらっしゃいました。
エスビョルン様は最近とみに体のお具合が悪く、今は車椅子を使われています。
「話は聞いたよ。何もできなくて、申し訳ない。君の行ったことは、僕も間違っていないと思うよ」
優しく微笑むエスビョルン様を見て、マクシミリアン様は(また一段と痩せられてしまった)とご心配されたそうです。
ご自分の境遇以上に、兄上の健康の方が心配でした。
マクシミリアン様は、そういう優しいお心をお持ちですから。
「食事はちゃんと摂っていますか? ちゃんと眠れていますか?」
マクシミリアン様の問いかけに、エスビョルン様は力なく微笑んでお答えになりました。
「うん、マクシミリアンに言われているから、食事はなるべく摂るように頑張っているよ。睡眠だって毎日八時間以上、ちゃんと取っている。なのに、疲れが取れなくてね。僕の気持ちが弱すぎるのかな……」
夜目にも眼の下の隈が濃く、車椅子に座っているのも辛そうなエスビョルン様は、その後すぐお部屋に帰られたそうです。
そうしてとうとうマクシミリアン様は、塔の上のお部屋に閉じ込められてしまいました。
現在、あの塔の入り口には、常に屈強の兵士が見張りに立っています。
私以外の人間が入ることはできません。
その私も、出入りの際は持ち物を厳しく検査されています。
お食事やお飲み物以外には、持ち込んではいけないと言われてしまいました。
でもこんなことは、あまりな仕打ちでございます。
ウリカは到底納得できません。
そこで、あなたさまにお縋りすることを思いつきました。
あなたさまは魔女で、不思議な力をお持ちだとか。
どうぞ、マクシミリアン様をお助けくださいませ。
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ウリカさんの言葉を聞きながら、あたしはお腹の底からフツフツと力が湧いてくるのを感じた。
これは怒りだ。
小さい子供が殺されたのに、王家のメンツだとかどうとか、そんなことを気にしてマックスを閉じ込めた奴らに、一泡吹かせてやらなければいけない!
「ライラ様、どうかお願いです」
「あたしに『様』なんてつけなくていいわ! それより、早くマックスを助けに行きましょう!」




