27 寒い帰り道
朝日が昇ると吸血樹の動きがガクンと鈍る。
他の場所に出た吸血樹も、同様なのだそうだ。
そんなところも、小説の吸血鬼と同じなんだな……
ぼーっとしながら、ストランドさんたちが地上部分の吸血樹を切り倒し根を掘り出して、火をつけているのを見ていた。
坑道の入り口近くに座り込んでいるあたしの横を、亡くなった子のお姉さんが両親らしい大人たちと一緒に通り過ぎた。
その子はあたしに、なにか言いたげに視線を寄越しながら、唇を噛んで俯く。
その手はきつく握りしめられ、誰に向ければいいのかわからない怒りが込められているようだった。
「私のせいなの」
その子の足が止まり、両親が振り向く。
「私が先に逃げちゃったから、あの子が死んじゃったの。私が残ればよかったの……!」
父親がその子を抱き上げ、母親が泣きながら頭をなでる。
「違うわ。私たちがもっとお金があって、あなたたちを働かせなくて済めばよかったのに……」
家族三人が抱き合って慟哭する。
それを見てマックスが頭を抱え「うう……」と呻いた。
「私のせいだ! 私たちのせいだ! 子供が働かなければいけない国にしてしまっている、私たち王族の罪だ!」
「マックス、そんなに全部背負い込もうとしないで。あんたの状況で、できることなんて殆どないじゃない」
王子としての仕事をさせてもらえないマックスが、なんでそこまで気に病む必要があるっていうの?
助けられなかった子供のことを考えれば、罪の意識にさいなまれるのはわかる。
あたしだって、もっと上手くどうにかしていたら、助けられたんじゃないかってずっと思っているから。
あたしたちの元に、ストランドさんが歩いてきた。
晩秋の朝焼けが眩しく、逆光で彼の表情は見えない。
表情と同じくらい感情の見えない声音で、マックスに告げた。
「お疲れさまでした。あの子以外、死亡者は出ませんでした。これまでの『吸血樹』の被害を考えれば、かなり小さい被害だったと言えるでしょう。アルデバラン様たちのおかげです」
「…………いえ。私は今、自分の非力さを痛感しています。あの子を死なせてしまい、申し訳ございません」
肩を落とすマックスに、ストランドさんが掛ける声は感情が見えない。
「炭鉱で今何が起きているのか、中央の方々にお伝えいただければ、死んだあの子も浮かばれます」
その言葉にあたしはカッとなった。
あの子が死ぬ間際、何を考えていたか、何を感じていたかなんてわからない。
命を失った今、勝手に他人に『浮かばれる』なんて決めつけないで欲しい。
「そんな言い方って、どうなの! 中央のお偉いさんが何か手を打ってくれたとしても、もうあの子は戻らないのよ!」
死んだ命は戻らない。
もうあの子は、両親に抱きしめられることも、姉と手を握って歩くこともないのだ。
「お嬢さん、昨日ここに来たばかりのあなたより、私の方がよほどあの子の死を悼んでいますよ。あなた、あの子の名前も知らないでしょう? 私はあの子が親や兄弟の為になりたいって、どれだけ頑張っていたか、よく知っていますよ。涙を流していないからって、悲しんでいないと思わないでいただきたい」
ストランドさんがマックスにかけた声に抑揚がなかったのは、むしろ悲しみをこらえていたから……?
自分の浅はかさを思い知らされ、あたしは口を閉じる。
+ + +
その日の午後の便で、あたしたちは王都に帰ることにした。
機関車の個室に入ったあたしたちは、無言のまま窓のカーテンを閉じて席に着く。
見送りにきてくれたストランドさんに軽く会釈すると、汽車は出発した。
まだ昼下がりの時刻だというのに、太陽は低く西日の窓から入る光が鈍く目を刺し、今朝の光景を思い起こさせる。
汽車に乗り込んで一時間もしないうちに、窓の外は暗くなっていった。
夕べは全然寝ていないから、王都に着くまで仮眠をとろうと思うのだけど、なぜか寝つけない。
眠いのに、眠いはずなのに、そして疲れているはずなのに、眠れない……
向かいの席に座っているマックスチラリと目をやると、腕を組んで目を閉じてはいるけれど、起きている気配があった。
「……マックス」
「うん?」
「眠れないんでしょう?」
「まあね。でも、ライラも目だけは閉じておいた方がいいよ」
「……うん」
でも目を閉じると、あの子の顔が浮かんでしまうんだ。
聞こえないようそっと溜め息をついたのに、マックスが目を開ける。
「ごめんね、邪魔しちゃった?」
「どうせ眠れないし、いいよ」
体を起こし、背中を伸ばしながら呟いたマックスの声は、掠れていた。
「すまない、君をこんなことに巻き込んで。なにか慰めの言葉の一つも言いたいのだが、私自身も参ってしまっていて言葉が出ない。申し訳ない」
「いいのよ。あんなことの後で、スラスラ慰めの言葉が出てくる方が、ひくわ」
無理やり笑ってフォローするけど、マックスの眉間のしわは深くなるばかりだった。
「……隣に、座ってもいいか?」
「うん」
あたしの横に移ってきたマックスは、両目を押さえて俯いたかと思うと、あたしに軽く寄りかかってくる。
「ごめん。……君を慰めなきゃと思うのに、私の方が君に甘えたくなってしまった」
「……いいよ」
あたしもマックスに、少しだけ寄りかかった。
あたしたちは互いの重さを少しずつ分け合いながら、汽車の旅を過ごした。




