02 運の悪い日
そう、今日という日はごく普通に始まった。
目を覚ます。
空はいい天気。
「予想通りね」
髪を櫛で梳かす。
元の地毛の黒ではなく、真っ白な髪だ。
ドレッサー代わりのローチェストに櫛を置いた手には、シワが寄っている。
うん、いい感じ。
老婆に相応しい服に着替える。
着古した木綿のブラウスと黒いスカート。
出かけるときは、ウールで織られたグレーの上着を羽織るつもりだ。
仕事に出る前に、朝食を摂ろう。
戸棚からライ麦パンを出してスライスし、お皿にのせる。
ベーコンエッグを焼いている間にお湯を沸かし、お茶の用意をした。
こんなしっかりした食事を食べられるのも、あたしがちゃんと「仕事」をしているからだ。
起きたときから右のこめかみがピリピリして嫌な感じはするけど、昨日のうちに切符を買ってしまったから、仕事に行かないわけにはいかない。
蒸気機関車の切符は、高価なのだ。
無駄にしてなるものか。
食事が終わったら、家を出る。
集合住宅の階段をゆっくりと降りた。
トントンと軽やかに降りるわけにはいかない。
誰の目があるか、わからないのだから。
駅に着く。
切符に判を押してもらい、改札をくぐった。
「さて、今日はどこ行きに乗ろうか」
ここ王都の中央駅からは東西南北、四方に線路が延びている。
あたしは東西南北に向かって順に指をさし、感覚を研ぎ澄ました。
「東」なし。
「西」なし。
「北」こめかみの痛みが強くなった。
北行きは止めた方がよさそう。
「南」ほんのり甘い香りがする。
決めた!
今日は南行きの汽車だ。
この選択に、間違いなかったはずなんだ……
+ + +
あたしは魔女。
名前はライラ・ライル。
ほんの少しばかり、普通の人が持っていない力がある。
その力を、人は「魔法」と呼ぶ。
あたしの魔女としての能力は「少し先の未来が視える」こと。
これを生かして、占いで生計を立てていた。
……というか、今どきの魔女の生業といえば、だいたい「占い」と相場が決まっている。
だから大通りとか人が集まる広場とか、いい場所は先輩魔女たちが独占していて、あたしみたいな若輩者はどうしたっていい仕事場にありつけない。
そこで一計を案じたあたしは、蒸気機関車に乗ることを考えついた。
三〇年くらい前には、この国の東西南北にむけて機関車の線路が敷かれていたが、今でもその切符は高くて中流以上の人間くらいしか、普段乗ることはない。
……言ってみれば機関車の乗客は、まあまあ金持ちってわけ。
そこで商売すれば金離れのいい客が、気前よくチップをはずんでくれる。
あたしのその予想は、大当たりだった。
確かにあたし自身が乗るための切符代は高くつくが、それ以上に客がお代をはずんでくれるのだ。
そうしてあたしは「仕事場」を汽車の中に定め、毎日乗客相手に占いをして暮らしてきた。
汽車の中で商売するには、本来「鉄道局」ってところに届けを出さなきゃいけない。
でも真面目にそんなことをしたら、上前をはねられて商売あがったりだ。
だから、あたしはコッソリと占いをしている。
もしバレても正体がわからないよう、老婆に変装して。
そうやって、一年以上も上手くやってきたんだ。
自分の腕で、自分の足を動かして金を稼ぎ、家賃を払って食い物買って、生活してきたんだ。
立派に生きていたんだ。
……それなのに……!
なんでどこの誰ともわからない男に抱えられて、崖から放り出されなきゃいけない?
こんな死に方、ひどいじゃないか!
あんまりだ
あんまりだ
あんまりだ……!




