19 炭鉱の町で
朝に王都の中央駅を出発したあたしたちが、その炭鉱のある町の駅に着いたのは、午後をだいぶ回った時間だった。
かれこれ六時間くらい、汽車に揺られていた計算だ。
降りてからもしばらくの間、汽車に乗っているみたいで、頭がユラユラ揺れている感覚が抜けない。
改札を出ると、口髭を生やした男があたしたちを出迎える。
「これはこれは、マクシミリアン・アルデバラン様。お待ちしておりました」
「お出迎え、ありがとうございます。ストランド殿」
炭鉱の責任者というその男はそこそこいい服を着ていたけど、マックスが「ストランド卿」ではなく「ストランド殿」と呼んだところをみると、貴族ではないようだ。
それにしても、マックスの偽名が偽名すぎる。
嘘だってバレバレだろう。
まあ、知らんふりしてくれるのなら、合わせてておく方がいいんだろうな。
マックスには笑顔を向けていたストランドさんだが、あたしを見るとその目は胡散臭そうなものに変わる。
「アルデバラン様、こちらの方は?」
「手紙に書いておいただろう。私の助手であり助言者だ」
え、そんな風に紹介していたの?
彼の目が、ますます険しくなった。
そりゃそうだ。
マックスとあたしでは、着ているものがあまりにも違う。
マックスは貴族か金持ちが着るような上等な服。
対して、あたしは上から下までいかにも安物。
せめて中流階級の着るものを着けてなきゃ、「助手」だの「助言者」だのと紹介されても、釣り合いが取れていなさすぎるだろう。
「ストランド殿、なにか言いたいことでも?」
マックスも、彼のあたしに対する目つきに気がついたらしい。
「ああ、いえその、アルデバラン様の助手や助言者のようには見えにくかったもので……ええ、申し訳ございません」
「どういう意味だ?」
いつもはのほほんとしているマックスが、怖い顔で凄んでいる。
ちょっと待ってよ。
ここは穏やかにいってよ。表面上だけでも。
「マックス! ……あー、じゃなかった、マックス様。さっさと炭鉱に案内していただかないと、日が暮れちゃいますよ」
マックスの袖をぐいぐい引っ張って、片目をつぶって合図する。
するとマックスは一瞬首を傾げた後、あたしにウインクを返してきた。
違う。そうじゃない。
+ + +
馬車で、炭鉱の入り口まで連れてきてもらう。
炭鉱の穴は思ったより小さく、奥の方は真っ暗だ。
中に向かってレールが伸びていて、穴の外には小さい箱型の車両が二、三両載っていた。
両端には板を敷いただけの車両と、その真ん中にシーソーのようなレバーが付いている。
「あのレバーを二人掛かりで押し合って移動するんですよ」
あたしがもの珍しそうに見ていると、ストランドさんが教えてくれた。
「ありがとうございます」
一応お礼を言っておいたが、シーソーを手で押し合ってなぜ移動できるのか、あたしにはわからない。
まあそれを言うなら、なんで蒸気で汽車が動くのかもわかっていないから、今更か。
その車両から、抗夫たちが掘り出したばかりの石炭を降していると、穴の中からもう一つトロッコが出てきた。
そこには石炭ではなく中で働いていたらしい人々が乗っていて、大人の男女に交じって確かに子供たちが大勢いる。
中でもとりわけ一番小さい男の子が、お姉さんらしい子に手を引かれて近くを通るときに「こんにちは」と弱弱しい声で挨拶してきた。
四歳? いや、もしかしたら三歳くらいかも。
「……こんにちは」
挨拶を返すと無言で頭を小さく下げる。
見るからにもうヘトヘトで、力が入らない様子だった。
「本当に、あんな小さい子が働いているんだ……」
聞けば彼らは炭鉱から戻っては来たものの、今日の作業はこれで終わりというわけでない。
軽い夕食を食べた後は、また仕事に戻るのだという。
「子供だけでも、もう休ませてあげればいいのに!」
憤るあたしの肩に、マックスが宥めるように手を置いた。
「でもそうなると困るのは彼らの親だ。一家そろって朝から晩まで働いて、やっと生活が成り立っている。問題はもっと根本的なところにあるんだ」
「でも……」
あたしたちは炭鉱の入り口近くまでやってきた。
暗い穴の奥に、なにかの気配を感じる。
悪い予感、悪霊が呼んでいるような、イヤな、イヤな感じ。
「ねえ、今日ここに来たのは『吸血樹』が出たからなんでしょう? 『吸血樹』が待っていると知ってて穴の奥で作業させるなんて、止めさせた方がいいんじゃないの?」
「『吸血樹』が出たと、はっきりわかったわけじゃないんだ。このところ、この辺りの地下で小さい地震が頻発していてね。『吸血樹』の仕業かも知れないと疑われているんだ」
「……『吸血樹』のことはカンコーレーが敷かれているって言ってたわよね。なのに炭鉱の責任者は知っているわけ?」
「ああ。報道することは禁じられているが、あちこちの炭鉱で『吸血樹』の報告があるから、各炭鉱の責任者には情報共有されている。だからといって、はっきり『吸血樹』が現れたとわかるまでは、炭鉱の作業を止めるわけにはいかないのだ」
「そんな……!」
本当に『吸血樹』が現れたらどうするんだろう。
あたしの勘は「いる」と言っている。
こんなに禍々しい予感は初めて感じるものだ。
その時――
「きゃっ!」
視界の端で、穴の中に入っていくネズミが見えた。
「どうした、ライラ?」
「あ、なんでもない。ネズミがいたの」
「ネズミが怖いのか。可愛いね、ライラ」
あたしはムッとして答える。
「女の子は大抵ネズミが嫌いなの!」
頬をふくらませながら、今のネズミを思い出して違和感を覚えた。
(ネズミの割に、しっぽがふさふさしていたような……?)
「今日のところは休もう。半日かけて移動してきたから、疲れているだろう? 炭鉱の調査はまた明日だ」
さっき揶揄ったことを気にしたのか、マックスが優しく言った。
「うん……」
あたしたちは坑道を後にする。
歩きながらも、背を向けた穴の奥から得体が知れないモノの存在を感じていた。




