表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/36

19 炭鉱の町で

 朝に王都の中央駅を出発したあたしたちが、その炭鉱のある町の駅に着いたのは、午後をだいぶ回った時間だった。

 かれこれ六時間くらい、汽車に揺られていた計算だ。

 降りてからもしばらくの間、汽車に乗っているみたいで、頭がユラユラ揺れている感覚が抜けない。


 改札を出ると、口髭を生やした男があたしたちを出迎える。


「これはこれは、マクシミリアン・アルデバラン様。お待ちしておりました」


「お出迎え、ありがとうございます。ストランド殿」


 炭鉱の責任者というその男はそこそこいい服を着ていたけど、マックスが「ストランド()」ではなく「ストランド殿()」と呼んだところをみると、貴族ではないようだ。


 それにしても、マックスの偽名が偽名すぎる。

 嘘だってバレバレだろう。

 まあ、知らんふりしてくれるのなら、合わせてておく方がいいんだろうな。


 マックスには笑顔を向けていたストランドさんだが、あたしを見るとその目は胡散臭そうなものに変わる。

 

「アルデバラン様、こちらの方は?」


「手紙に書いておいただろう。私の助手であり助言者だ」


 え、そんな風に紹介していたの?

 彼の目が、ますます険しくなった。


 そりゃそうだ。

 マックスとあたしでは、着ているものがあまりにも違う。


 マックスは貴族か金持ちが着るような上等な服。

 対して、あたしは上から下までいかにも安物。

 せめて中流階級の着るものを着けてなきゃ、「助手」だの「助言者」だのと紹介されても、釣り合いが取れていなさすぎるだろう。


「ストランド殿、なにか言いたいことでも?」


 マックスも、彼のあたしに対する目つきに気がついたらしい。


「ああ、いえその、アルデバラン様の助手や助言者のようには見えにくかったもので……ええ、申し訳ございません」


「どういう意味だ?」


 いつもはのほほんとしているマックスが、怖い顔で凄んでいる。

 ちょっと待ってよ。

 ここは穏やかにいってよ。表面上だけでも。


「マックス! ……あー、じゃなかった、マックス()。さっさと炭鉱に案内していただかないと、日が暮れちゃいますよ」


 マックスの袖をぐいぐい引っ張って、片目をつぶって合図する。

 するとマックスは一瞬首を傾げた後、あたしにウインクを返してきた。

 違う。そうじゃない。


 + + +


 馬車で、炭鉱の入り口まで連れてきてもらう。

 炭鉱の穴は思ったより小さく、奥の方は真っ暗だ。

 中に向かってレールが伸びていて、穴の外には小さい箱型の車両が二、三両載っていた。

 両端には板を敷いただけの車両と、その真ん中にシーソーのようなレバーが付いている。


「あのレバーを二人掛かりで押し合って移動するんですよ」


 あたしがもの珍しそうに見ていると、ストランドさんが教えてくれた。


「ありがとうございます」


 一応お礼を言っておいたが、シーソーを手で押し合ってなぜ移動できるのか、あたしにはわからない。

 まあそれを言うなら、なんで蒸気で汽車が動くのかもわかっていないから、今更か。


 その車両トロッコというらしいから、抗夫たちが掘り出したばかりの石炭を降していると、穴の中からもう一つトロッコが出てきた。

 そこには石炭ではなく中で働いていたらしい人々が乗っていて、大人の男女に交じって確かに子供たちが大勢いる。


中でもとりわけ一番小さい男の子が、お姉さんらしい子に手を引かれて近くを通るときに「こんにちは」と弱弱しい声で挨拶してきた。

 四歳? いや、もしかしたら三歳くらいかも。


「……こんにちは」


 挨拶を返すと無言で頭を小さく下げる。

 見るからにもうヘトヘトで、力が入らない様子だった。


「本当に、あんな小さい子が働いているんだ……」


 聞けば彼らは炭鉱から戻っては来たものの、今日の作業はこれで終わりというわけでない。

 軽い夕食を食べた後は、また仕事に戻るのだという。


「子供だけでも、もう休ませてあげればいいのに!」


 憤るあたしの肩に、マックスが宥めるように手を置いた。


「でもそうなると困るのは彼らの親だ。一家そろって朝から晩まで働いて、やっと生活が成り立っている。問題はもっと根本的なところにあるんだ」


「でも……」


 あたしたちは炭鉱の入り口近くまでやってきた。

 暗い穴の奥に、なにかの気配を感じる。

 悪い予感、悪霊が呼んでいるような、イヤな、イヤな感じ。


「ねえ、今日ここに来たのは『吸血樹』が出たからなんでしょう? 『吸血樹』が待っていると知ってて穴の奥で作業させるなんて、止めさせた方がいいんじゃないの?」


「『吸血樹』が出たと、はっきりわかったわけじゃないんだ。このところ、この辺りの地下で小さい地震が頻発していてね。『吸血樹』の仕業かも知れないと疑われているんだ」


「……『吸血樹』のことはカンコーレーが敷かれているって言ってたわよね。なのに炭鉱の責任者は知っているわけ?」


「ああ。報道することは禁じられているが、あちこちの炭鉱で『吸血樹』の報告があるから、各炭鉱の責任者には情報共有されている。だからといって、はっきり『吸血樹』が現れたとわかるまでは、炭鉱の作業を止めるわけにはいかないのだ」


「そんな……!」


 本当に『吸血樹』が現れたらどうするんだろう。

 あたしの勘は「いる」と言っている。

 こんなに禍々しい予感は初めて感じるものだ。

 その時――


「きゃっ!」


 視界の端で、穴の中に入っていくネズミが見えた。


「どうした、ライラ?」


「あ、なんでもない。ネズミがいたの」


「ネズミが怖いのか。可愛いね、ライラ」


 あたしはムッとして答える。


「女の子は大抵ネズミが嫌いなの!」


 頬をふくらませながら、今のネズミを思い出して違和感を覚えた。


(ネズミの割に、しっぽがふさふさしていたような……?)


「今日のところは休もう。半日かけて移動してきたから、疲れているだろう? 炭鉱の調査はまた明日だ」


 さっき揶揄(からか)ったことを気にしたのか、マックスが優しく言った。


「うん……」


 あたしたちは坑道を後にする。

 歩きながらも、背を向けた穴の奥から()()()()()()()モノの存在を感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ