01 最悪の出会い
その男は突然あたしの前に立ちはだかった。
「見つけた! 君こそ運命の人だ!」
それがパーティー会場かなんかで、あたしが美しい淑女で、そのセリフを言ったのが颯爽とした伯爵様とか侯爵家のご令息だったりしたら、心ときめく場面だろう。
でも今繰り広げられているのは、まったく違う。
ここは疾走する蒸気機関車の客席。
相手はどこの馬の骨かわからない、やたらと背の高い男。
そしてあたしは、どこからどう見ても七十過ぎの老婆。
「あんたさん、人違いじゃございませんか? あたしゃ、あんたさんみたいな知り合いはおりませんよ」
「私も、君のことは知らない! だが君が、私の探し続けてきた人だということは、わかる!」
そんな、自信満々に言われても……。
どうしたものか困っていると、男があたしの手をグイ! と引っ張る。
「ちょ、ちょっと……」
「さあ! 一緒に来たまえ!」
手を掴んだまま、ずんずんと車両の後方に向かって歩きだす男から逃れようと、あたしは精いっぱいの力で客席の背もたれにしがみついた。
「これ、こんな年寄りに、無体なことはおやめくださいな!」
すると一瞬男は歩みを止め、こちらを振り向いてニヤリと笑った。
シルクハットに隠れていた瞳が見えて、心臓が止まりそうになる。
アメジストもかくやという、紫色の瞳。
「その目……」
――真実の瞳?
いや、いやまさか、そんなもの、めったにお目にかかることはない! ……はず。
すると一瞬その眼が光り、男の右目は赤、左は青のオッドアイに変化していた。
「まさか、本当に?」
本物の「真実の瞳」じゃん! やばい!
パニックを起こしたあたしは、ひざが悪いフリも腰を痛めているフリも忘れて、男の反対方向に逃げ出した。
……はずだった。
気がつけばあたしの体は一歩だってそこから動かず、男に首根っこをひっ掴まれている。
男は笑いながら、あたしの耳元に唇を近づけてささやいた。
「お年の割に衣服がちょっと地味すぎませんか。……お嬢さん」
「ひっ!」
バレてる? まあ「真実の瞳」の持ち主相手じゃ、隠しようがない。
でも「真実の瞳」があたしに何の用だっていうんだ?
こんなしがない、森を失った魔女に。
うっかり座席から手を離してしまった隙に、男はあたしを横抱きにし、再び汽車の後ろに向って走り出した。
汽車はちょうど、渓谷の両側にそびえる崖を結ぶ、陸橋の上に差し掛かっている。
男がドアを開けて車両の外に出ると、レールの上を走る車輪が騒音をあげていた。
ガガン! ガガン! ガガン! ガガン!
落とされないよう手すりにしがみついたあたしは、男にむかって叫ぶ。
「こんなとこに出て、どうするつもりなのよ!」
男の耳元で叫んだのは、別に嫌がらせのためではない。
汽車と風の音が大きすぎて、自分で自分の声が聞こえないほどだったからだ。
「さあお嬢さん、冒険の旅だ!」 ガガン! ガガン!
「へ?」 ガガン! ガガン!
「しっかり掴まって」 ガガン! ガガン!
「……飛ぶぞ!」
言うが早いか、男は再びあたしを抱えると汽車の手すりを飛び越えた。
あたしの体は男もろとも、陸橋から崖下へと放り出される。
「うっそおおおおおおお‼」
待って。
あたし、ここで死ぬの?
今日であたしの人生、終わるの?
眼下に見えるのは、渓谷の真ん中を流れる川と、そのその両側にある草地と狭い河原。
そして森の名残の木々……。
さようなら、あたしの人生。
まだ、たったの十七年しか生きていないのに!
畜生!
目を閉じたあたしは草地に叩きつけられるか、流れの速そうな川に落ちる瞬間を待つ。
ああ! どこでどうして、こんなことになっちゃったの?
(今日あたしは、いったい何を間違えたっていうんだろう……。朝起きたときは、こめかみの痛み以外なにも変なことはなかったはずなのに)




