第9章「盟友という名の新しい絆」
宰相の逮捕によって、王国の混乱は収束しました。クラウス様は、老齢の国王からその責務を引き継ぎ、若き新国王として即位することになりました。彼の治世の始まりと共に、王国は大きな変革の時代を迎えます。
戴冠式の後、クラウス――いえ、クラウス国王陛下は、再び辺境の地を訪れました。今度は、大勢の臣下を引き連れて。しかし、彼は真っ直ぐに私の元へやってくると、こう言いました。
「君と二人で話がしたい」
私たちは、かつて彼が初めて訪れた時に話をした、あのじゃがいも畑へと向かいました。夕日が、黄金色に実った小麦畑をキラキラと照らしています。この数年で、辺境の景色は一変しました。
「セレスティア。改めて、君に礼を言う。君がいなければ、この国は戦争の渦に飲み込まれていた」
「陛下がご決断なさったからですわ。私は、私の足元を守ったにすぎません」
「その足元を守る力が、国を救ったんだ」
彼は、真剣な瞳で私を見つめました。そして、少しだけ躊躇うように、言葉を続けました。
「……王妃として、私の隣に戻ってはくれないだろうか」
その言葉は、予想していたものでした。しかし、彼の口から直接聞くと、やはり胸に小さなさざ波が立ちます。彼は、王として、国のために私の力が必要だと考えたのでしょう。そして、その瞳の奥には、一人の男としての、かすかな熱も宿っているように見えました。
私は、ゆっくりと首を横に振りました。
「お言葉ですが、陛下。そのお申し出は、お受けできません」
「……そう、か。やはり、私を許せないか」
「いいえ、違います」
私は、彼の誤解を解くように、穏やかに微笑みました。
「私はもう、誰かの隣に立つことで輝く宝石ではありません。私は、この土に根を張り、自らの力で花を咲かせる一本の木なのです。この場所を離れては、私は私でなくなってしまいます」
私の答えに、彼は寂しげに、しかしどこか納得したように頷きました。
「ならば、一つ、提案がある。君を、この辺境の地の正式な『領主』として任命したい。そして、リーゼンベルク公爵家の名誉を回復し、君を独立した統治者として認めよう」
「領主、ですって?」
「そうだ。そして、エルシュタイン王国と、セレスティア・フォン・リーゼンベルクが治める『緑の辺境領』は、本日をもって対等な同盟を結ぶ。王と領主として、共にこの国の未来を築いていく盟友になってもらいたい」
盟友。その言葉は、私の心にすっと染み渡りました。夫婦でもなく、恋人でもなく、主君と家臣でもない。対等な立場で、同じ未来を目指すパートナー。それこそが、私たちがたどり着くべき、最もふさわしい関係でした。
「……謹んで、お受けいたします。クラウス陛下」
私が初めて彼を陛下の名で呼び、深々と頭を下げると、彼は「やめてくれ」と苦笑しました。
「二人の時は、今まで通り『クラウス』でいい。私たちは、盟友なのだから」
私たちは、夕日に向かって固い握手を交わしました。それは、かつての結婚の誓いよりも、ずっと固く、温かい絆の証でした。
その日の夜、私の領主就任と、王国との同盟締結を祝う宴が、辺境の地で盛大に開かれました。私も、住民たちも、そしてクラウスも、皆が心から笑い合いました。
私は、この地で新しい責務を負うことになりました。それは、農業学校を設立し、私が持つ知識と技術を、次世代を担う若者たちに伝えていくことです。畑を耕し、種を蒔くだけでなく、人を育てるという新たな挑戦が始まったのです。
クラウスは王として国を治め、私は領主としてこの地を豊かにする。離れた場所で、それぞれの務めを果たしながら、私たちは互いを支え、尊重し合う。そんな新しい関係が、とても心地よく感じられました。




