第7章「鍬と剣、それぞれの正義」
王都の緊張が極限に達した、という報せが届いた日。私は、辺境の住民たちを集めていました。集会所の広場には、私の仲間たちの真剣な顔が並んでいます。長老、最初に声をかけてくれた少年も、今ではたくましい青年に成長していました。
「皆さん、聞いてください。今、王都は大きな混乱の中にあります。宰相閣下は、隣国との戦争を始めようとしています」
私の言葉に、どよめきが広がります。戦争。それは、この地に生きる人々にとって、最も恐ろしい響きを持つ言葉でした。
「クラウス王子は、それを阻止するため、宰相派と戦う覚悟を決めています。しかし、私は、その戦いに与するつもりはありません」
皆が、息を呑んで私を見つめています。
「剣が剣を呼ぶだけでは、何も解決しません。戦争になれば、真っ先に苦しむのは私たちのような民です。畑が踏み荒らされ、蓄えた食料は軍に徴収され、男たちは兵士として連れていかれる。そんな未来を、私は決して認めません」
私は、強く言い切りました。
「私たちの武器は、剣ではありません。この鍬です。私たちの力は、武力ではありません。この大地が生み出す恵みです。私は、この力で、この国を、いいえ、私たちの生活を守りたいのです」
私の言葉に、長老がゆっくりと頷きました。
「セレスティア様の言う通りだ。我々が血と汗で築き上げたこの土地を、王都の勝手な都合で荒らさせてたまるか」
「そうだ!」「俺たちは、セレスティア様についていく!」
青年たちの声が、広場に響き渡ります。彼らの瞳には、恐怖ではなく、確固たる決意が宿っていました。
「ありがとうございます。ですが、これは茨の道です。私たちは、王国の命令に、公然と背くことになります」
それでも、誰一人として異を唱える者はいませんでした。彼らは、私を信じ、この土地の未来を信じてくれていたのです。
そして、私たちは、歴史的な決断を下しました。
「――本日をもって、この辺境の地は、いかなる権力にも屈しない、独立した自治領となることを宣言します!」
私の高らかな宣言に、住民たちの雄叫びにも似た歓声が上がりました。
私たちは、クラウス王子とも、ゲルトナー宰相とも違う、第三の道を選んだのです。武力に頼らず、農業という生命の営みそのものを盾として、自らの尊厳を守る道。
この報せは、すぐに王都のクラウス様の元へ届きました。彼は、私の決断に激しく動揺したといいます。『なぜだ、セレスそれにティア。なぜ、私と共に戦ってくれない』と。彼には、私の選択が、彼への裏切りに映ったのかもしれません。
彼と私の理想は、ここで完全に袂を分かちました。彼は国という大きな枠組みを救おうとし、私は民という、一人一人の生活を守ろうとした。どちらが正しいというわけではない。ただ、私たちが信じる正義が、違っていたというだけのこと。
辺境の地は、自治領宣言と共に、国境ならぬ「領境」を固めました。といっても、兵士を並べるわけではありません。領地への入り口となる街道には、収穫した作物を満載した荷車を並べ、通行を物理的に遮断しました。「私たちは、この恵みを誰にも渡さない」という、無言の意思表示です。
私たちのささやかな、しかし断固たる反乱が始まりました。
クラウス様は、王都で宰相派との政治闘争に身を投じ、決戦の時をうかがっています。
そして、私たちの自治領宣言に激怒したゲルトナー宰相は、ついにその牙を、この緑の楽園へと向けることになるのです。
鍬を握る私たちと、剣を携えた軍隊。あまりにも非対称な戦いの火蓋が、今、切られようとしていました。




