第6章「緑の魔女と王子の岐路」
私の農法は、辺境の地に革命をもたらしました。痩せた土地は次々と緑の畑へと変わり、食料の安定供給が可能になると、人々は他の産業にも目を向ける余裕が生まれました。家畜を育て、その糞を堆肥に利用する循環型農業。余剰作物を加工して保存食を作る技術。私の知識は、この地の経済そのものを根底から覆したのです。
いつしか私は、畏敬と親しみを込めて、こう呼ばれるようになりました。
「緑の魔女」と。
魔女、という響きには少しぎょっとしましたが、人々が笑顔でそう呼んでくれるのなら、悪い気はしませんでした。
一方、王都に戻ったクラウス様は、私との対話を経て、大きな決意を固めていました。彼は、ゲルトナー宰相が牛耳る旧態依然とした国政を改革するため、本格的に行動を開始したのです。その改革の柱の一つが、私が辺境で実践した農業手法を、全国に普及させることでした。
「辺境の成功は、我が国の未来を照らす光だ! この農法を広め、食糧危機に喘ぐ民を救うことこそ、王家が成すべき務めである!」
クラウス様はそう宣言し、王命として全国の領主たちに農業改革を指示しました。しかし、彼の理想は、あまりにも高い壁にぶつかることになります。
その最大の壁が、ゲルトナー宰相その人でした。
宰相にとって、クラウス様の改革は自らの権益を脅かすものでしかありません。特に、その改革の元となっているのが、かつて自分が追放したセレスティアであることは、彼のプライドをひどく傷つけました。
「王子は魔女に誑かされておられる! あのような得体のしれない農法、国を滅ぼすまやかしにすぎん!」
宰相はそう吹聴し、彼に与する保守的な貴族たちを煽動しました。彼らは、既得権益を守るため、あの手この手で改革を妨害します。王都は、王子派と宰相派の対立で、日に日に不穏な空気に包まれていきました。
そして、宰相はついに最悪のカードを切ります。隣国との間に、意図的に緊張状態を作り出したのです。国境付近で小競り合いを誘発させ、それを口実に軍備増強を主張。「国難を前に、内政改革などしている場合ではない!」と、クラウス様の動きを封じ込めようとしたのです。
王都の情勢は、辺境にいる私の耳にも届いていました。クラウス様からの手紙には、日に日に焦りの色が濃くなっていました。そして、ついに彼は私に助けを求めてきたのです。
『セレスティア、君の力が借りたい。君が王都に来て、その口から直接、農業改革の重要性を貴族たちに説いてくれれば、彼らも考えを改めるかもしれない』
しかし、私はその要請に首を横に振りました。
『申し訳ありませんが、王都へは行けません。私の戦場は、この畑です』
そう返信した私に、クラウス様は理解できない、という旨の短い手紙を送り返してきました。彼には、私の真意が伝わらなかったのです。
国は、戦争の危機に瀕していました。宰相の策略により、隣国との関係は悪化の一途をたどり、もはや開戦は時間の問題とさえ言われていました。クラウス様は、宰相とその一派を排除するため、武力に訴えることも辞さない覚悟を決めているようでした。
しかし、私は違う道を考えていました。
戦争になれば、多くの民が苦しみます。畑は荒れ、食料は奪われ、私たちが築き上げてきたものが、またゼロに戻ってしまう。それだけは、絶対に避けなければならない。
武力で国を救う、というクラウス様の理想。
農業で国を支え、民の生活を守る、という私の理想。
私たちは同じ敵と戦いながら、全く違う方向を向いていたのです。
この国の未来を憂う気持ちは同じはずなのに、私たちの道は、決して交わることはない。
王都で剣を取ろうとする王子と、辺境で鍬を握り続ける元令嬢。
二人の理想の違いが、今、決定的な形で浮き彫りになろうとしていました。




