番外編「王子の恋煩い」
「……どう思う、側近殿」
執務室で、クラウスは大きなため息をついた。目の前には、分厚い報告書の山。しかし、彼の心はここにはない。
「何がでございましょうか、陛下」
忠実な側近が、表情一つ変えずに問う。
「いや、その……セレスティアのことだ。彼女、最近、領地の青年と親しげだという噂を聞いてな……」
「はあ。農業学校の優秀な生徒のことかと。共同で研究をしているそうですから、親しくもなりましょう」
「そうか! そうだよな! 研究だよな! 別に、その、男女の仲というわけでは……」
「さあ。それは、当人たちにしか分かりかねますな」
にべもない返事に、クラウスは机に突っ伏した。「うぅ……」と、王らしからぬ呻き声が漏れる。
側近は、そんな主君を見て、心の中でだけため息をついた。(今さら気づいても、もう遅いですよ、陛下)
「陛下。そんなことより、こちらの裁可をお願いいたします。隣国との貿易協定の件です」
「ああ、分かっている……。そうだ、この協定で、辺境領に何か恩恵があるような条項を付け加えられないか? 例えば、最新の織機を優先的に融通するとか……」
「……陛下、職権濫用です」
「やかましい! これは国益のためだ! 辺境領の発展は、すなわち我が国の発展なのだからな!」
必死に言い訳をする王の姿は、恋に悩むただの男にしか見えなかった。側近は、明日セレスティア領主に送る手紙に、『陛下は貴女のことばかりお考えです』と一行書き加えてやろうか、と真剣に考えたのだった。




