番外編「宰相の末路」
薄暗い牢獄の、石畳の床の上で、ゲルトナーはただ宙を見つめていた。かつて王国を牛耳った宰相の権威は、見る影もない。彼のもとに届くのは、外の世界がどう変わったかという、看守たちの噂話だけだった。
「聞いたか? 辺境領のセレスティア様が、また新しい芋を開発されたそうだ」
「おお、今度はどんな芋だ?」
「なんでも、一度植えれば三年は収穫できる『三年芋』だとか。これで、また飢える村がなくなるな」
「さすがは救世の農婦様だ!」
セレスティア。その名を聞くたびに、ゲルトナーの胸には苦いものがこみ上げてくる。自分が「悪役令嬢」「魔女」と蔑み、追放した女。その女が今や、国を、いや、世界を救う聖女として崇められている。自分の策略、権力への渇望、そのすべてが、結果的に彼女を英雄へと押し上げる踏み台になったのだ。これ以上の皮肉があるだろうか。
悔恨と、嫉妬と、自己嫌悪。その感情に苛まれ、彼は何度壁に頭を打ち付けようと思ったか知れない。
そんなある日、彼の牢の前に、一人の女性が立った。
「……セレスティア」
そこにいたのは、簡素だが品のある服を着た、紛れもない「救世の農婦」だった。
「なぜ、ここに」
「あなたに、これを」
彼女が差し出したのは、温かい蒸かし芋だった。湯気の向こうで、彼女は静かに言った。
「あなたのしたことは許せません。ですが、あなたがいたから今の私がいるのも、また事実。だから……まあ、これは、ほんの少しの、感謝のしるし、ということにしておきましょうか」
そう言って微笑む彼女の姿は、ゲルトナーにはあまりに眩しく見えた。彼は、震える手でその芋を受け取り、ただ、涙を流すことしかできなかった。その温かい芋が、彼の凍てついた心を、ほんの少しだけ溶かしたのかもしれない。




