第10章「悪役令嬢から救世の農婦へ」
私とクラウスが同盟を結んでから、世界は目に見えて変わり始めました。私の『緑の辺境領』で体系化された農業技術は、クラウスの政策によって、王国全土へと急速に広まっていったのです。
水はけの悪い土地には畝を高く作る技術を。日照りの多い土地には、土の乾燥を防ぐために藁を敷き詰めるマルチングの技術を。それぞれの土地の気候や土壌に合わせた農法が導入されると、王国の食料生産量は飛躍的に増大しました。
私が設立した農業学校には、王国中から若者たちが集まってきました。彼らは目を輝かせながら土壌学や育種学を学び、卒業後は故郷に帰って、地域の農業指導者となっていきました。辺境で生まれた小さな希望の種は、彼らの手によって、国中に蒔かれていったのです。
やがて、その評判は国境を越えました。長年、食糧不足に悩んでいた隣国から、正式に使節団が派遣されてきたのです。彼らは、かつて宰相が戦争を仕掛けようとした相手国でした。使節団は、頭を下げて、私たちの農業技術の教えを請いました。
「もはや、争っている場合ではありません。民の飢えを救うことこそが、我々の急務なのです」
クラウスと私は、彼らの申し出を快く受け入れました。かつての敵国に、私たちは武器ではなく、種籾と農具を送りました。食料という、生きるための希望を分かち合ったのです。これをきっかけに、大陸全体の食糧危機は、解決へと向かい始めました。
私の名は、大陸中に知れ渡るようになりました。しかし、もはや誰も私のことを「悪役令嬢」とは呼びません。人々は、敬意と感謝を込めて、私をこう呼びました。
「救世の農婦」と。
あるいは、「緑の聖女」と。
かつて、私を陥れた者たちもいました。聖女と呼ばれたマリアンヌ嬢は、宰相の失脚と共にそのメッキが剥がれ、実家も没落したと聞きます。彼女もまた、誰かの筋書きの上で踊らされていた、哀れな人形だったのかもしれません。
面白いことに、かつて宰相派としてクラウスと敵対していた貴族たちの一部が、今では私の農業改革の熱心な支持者になっていました。彼らは領地の収穫量が増え、領民が豊かになるのを目の当たりにして、考えを改めたのです。領主として、それが最も現実的で、賢明な判断だったのでしょう。
「敵が味方になる。君を見ていると、そんな奇跡が当たり前のように思えてくるな」
定期的に辺境を訪れるクラウスが、感心したように言いました。私たちは今、王国の特産品であるワイン用のブドウと、辺境の小麦を組み合わせた新しい加工品を作る、共同プロジェクトを進めています。
「奇跡ではありませんわ。皆、お腹が空いているより、満たされている方が幸せだという、当たり前のことに気づいただけです」
私は笑顔で答えました。
「悪役令嬢」の汚名は、完全に返上されました。いいえ、そもそも、そんなレッテルは最初から私には必要なかったのです。私は、ただ、私として、自分の信じる道を歩んできただけ。その結果が、世界を少しだけ良い方向に変えたのなら、それは望外の喜びでした。
かつての敵対者さえも協力者に変えて、私の農園再生記は、今や世界再生の物語へと、そのスケールを広げていました。




