1話_大魔導士はご老体6
リビングに突然現れたルイス隊長。困惑する私に隊長は席を外すよう命令した。隊長に質問したいことは山ほどある。だがそれを尋ねるよりも一刻も早くその場から離れたかった。私は簡単なやり取りだけしてリビングを出るとメルルの案内で客室に戻った。
一息ついて額に浮かんだ汗を拭う。もし隊長が現れなければまた気を失っていたかも知れない。それにしても老人から感じたあの気迫は一体……
「大魔導士アルベルト・バーゲン」
初めてあの老人からその片鱗を見た気がする。
「ドロシーさん」
メルルがさっと受話器を差し出す。意味が分からず私は疑問符を浮かべた。
「リビングの受話器を少し上げておきましたあ。内線でつながっていますからこの受話器でリビングの話を聞くことができますよお」
「……なぜそのようなことを?」
「ルイスさんにそうするよう耳打ちされたんですう。理由はアタシも分かりませんが」
隊長が? 困惑しながらも私はメルルから受話器を受け取りそれを耳に当てた。確かに受話器からは二人の男性――老人とルイス隊長の声が聞こえていた。
『――年ぶりですかね。お久しぶりです、アルベルトおじさん』
『貴様までここを訪ねてくるとはな。ルイスのわっぱよ』
ルイスの苦笑する声が聞こえる。
『わっぱはもう勘弁してください。僕ももうアラフォー。立派なおじさんですよ』
『ふん、あの小僧が小生意気なことを言うようになったものだな』
どうやら二人は昔からの顔なじみらしい。ルイス隊長と大魔導士アルベルトが知り合いなど聞いたことなかったが。
『騎士団に入隊以降、めっきり顔を見せなくなりおって。この恩知らずが』
『アルベルトおじさんは僕が騎士団に入隊するのを反対だったでしょう? だから顔を合わせづらかったんですよ』
『ならばなぜ今更姿を現わした?』
『もちろん部下を守るためです。彼女は僕が担当する第五部隊の人間ですからね』
『貴様が隊長か……ふん。そう思うなら初めから部下を寄越すでないわ』
『彼女の派遣を決めたのは上層部です。僕が口を挟む余地はなかったんですよ』
しばしの間。ギシリと誰かが身じろぎする音が聞こえた。
『それで彼女――ドロシー・ヒルトンの第一印象はどうでしたか?』
『第一印象か……そうだな……特筆すべきことはまず――おっぱいが大きい』
「わわわ!? 急にどうしたんですか!?」
握りしめた受話器をバキリと破壊した私にメルルが狼狽する。この老人は……いやこの老人に限らず男性と言うものはどうして胸の大きさばかりを気にするのか。
『確かに彼女は魅力的な女性です。だからこそ上層部は彼女をこの任務に選んだ』
ん? どういう意味だろうか。ルイス隊長の話した任務とは『守人を引き継ぐ』ことだろう。その任務にどうして女性としての魅力が関係するのか。
『……やはり騎士団の思惑はそれか。何も知らされず小娘も不憫よのう』
『気づかれていたのですね。まあ……それだけが理由ではないのですがね』
何やら不可解な話になっている。私は不安を覚えつつ受話器から聞こえる声に集中した。
『彼女と接したことでおじさんも理解したと思いますが……彼女は少々真面目過ぎる。正しいこと、そうでないことと、何でも白黒つけたがるんです。良く言えば実直、悪く言えば融通がきかないところがある』
『わしがデリバリーしたキャバ嬢も勝手に帰されたよ』
『それはご愁傷さまです』
ルイス隊長がクスクスと笑い話を続ける。
『おじさんもよくご存じのように、騎士団は表向き正義側に位置する組織ではありますが、実態はそんな単純ではありません。忖度や賄賂など悪しき慣習がいくらでもある。誰もがそれを見て見ぬふりするものだが、彼女はその性格からそれができなかった』
『小娘が上層部に噛みついたか?』
『噛みつくというほど大げさではないですが、意見書は複数回提出しています。そして満足する返答がもらえなければ幹部の人間に直接会いに行ったことまである』
『何とも目障りなことだな』
『上層部もそう考えたのでしょう。だから彼らは長期任務を与えて彼女を組織から遠ざけることにしたのです。そういった意味で守人の引継ぎは都合のいい任務だった』
私は思わず膝から崩れ落ちそうになる。守人の引継ぎ。その重大任務を任されるほど自分は信頼されているのだと考えていた。だがまさかただの厄介払いだったとは。恥ずかしさと惨めさで目がくらむ思いだった。
『だがそれだけが理由でもないのだろう?』
老人の問いかけ。これ以上二人の話を聞くべきではない。そんな予感がした。だがそれでも聞かないわけにもいかない。私は憔悴しながらも受話器を握りしめる。
『おじさんには説明するまでもありませんが、守人の引継ぎ計画は昨日今日始まったことではありません。三十年前から考えられてきたことです。当然でしょう。守人がいなければ人類は大きな被害を受けるのですから。しかしその計画は上手くはいかなかった。理由は単純。守人になれるだけの才能を持った人間が一切現れなかったからです』
一呼吸の間を空けてルイス隊長がさらに話を続ける。
『そして十年前に上層部は一つの結論にたどり着く。守人になるにはおじさんの――大魔導士アルベルト・バーゲンの遺伝子が必要不可欠だと』
『だがわしに家族はおらん。少なくとも血のつながった家族はのう。ゆえに騎士団の連中はこの老体のわしに今からでも子孫を残してほしいと懇願してきおったわ』
『しかしおじさんにその話を断られ、上層部は焦りを覚えた。そして彼らは人道に反した強硬策に出ることにしたのです。おじさんが好色家であることは上層部も把握している。騎士団への反発心から子を残すことを拒否しているおじさんも、若い女性が常にそばにいればその性の欲求に抗えないのでは――と』
まさか――
脳裏に過った一つの可能性。そのあまりの悍ましさに私は目の前が真っ暗になる。
『上層部がドロシー・ヒルトンを派遣したのは守人の引継ぎのためではありません。ドロシーに大魔導士アルベルトの子供を孕ませるためです』
私の手から滑り落ちた受話器が床にゴンと跳ねた。