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8話_第二の守人候補4

挿絵(By みてみん)

 守人の課題五日目。昼頃に屋敷を訪れたマーカスがアルベルトを庭へと連れ出す。昨日の話を聞いた限りマーカスには課題をクリアする何か秘策があるようだった。彼らの様子が気になって私もまた庭へと出る。


「こんなところに呼び出してどうした。落とし穴でも仕掛けておるのかのう」


「まずはアルベルトさん。本題に入る前にこれまでの非礼を詫びたい」


 マーカスが頭を下げる。


「私はこれまで大魔導士である貴方の実力に懐疑的だった。キャバクラでバカ騒ぎをする貴方の姿を見て、大魔導士など所詮は尾ひれのついたうわさに過ぎないのだと、そう考えていたからだ。しかしこの五日間。貴方と対峙して分かった。貴方は確かに大魔導士と言われるだけの実力を持っている」


「随分と殊勝なことだな」


「今ならば五十年前に貴方が人類を救済したという話も信じることができる。そのような貴方に私は多くの無礼を働いた。ここにお詫び申し上げたい」


 マーカスが下げていた頭を静かに上げる。


「だからこそ――これからすることは貴方にとって最大の侮辱となるだろう。しかしハッキリとさせておかなければならないことだ。人類のためにも。私はこれから貴方の栄光を打ち砕く。この――人類の英知によって」


 マーカスが懐から何かを取り出した。マーカスの取り出したそれに私は目を見開く。グリップのついた細長い棒。マーカスが握手に握りこんだそれは――拳銃だった。


「……ほう」


 アルベルトの眉がピクリと揺れる。


「五十年前にちらりと見たことがあるな。確か火薬で鉛球を飛ばすちゃちな玩具だと記憶している。ただわしが知るものよりだいぶ小型化されているようだが」


「サイズだけではない。貴方が全盛期の時代よりも故障率も命中率も格段に向上している。最大火力こそ魔術に劣るものの、状況次第では魔術よりも高い効果が望めるとして、騎士団でもその需要が高まっているほどだ」


「ほう」


「対して魔術の需要は年々と低下している。魔術は極めれば個人が一個小隊をも殲滅させるほどに強力なものだ。だがその習得難易度はあまりに高い。そして何よりも魔術に頼らずとも現代における近代兵器はそれと同等の効果を実現することが可能だ。魔術などよりもよほど短い訓練期間で」


「それで……何が言いたい?」


「無礼を承知で言う。アルベルトさん。貴方のやり方は古いと言わざるを得ない」


 マーカスの口調が強くなる。


「貴方の魔術が五十年から人類を守り続けていることは事実だ。だからこそ貴方は個人の力を重要視した。私には残念ながらその期待に応えることはできないのだろう。だが優れた近代兵器がある現代において個人の力なんて無意味なんだ」


 無反応のアルベルトにも構わずマーカスは「そもそも」と口早に言葉を続ける。


「人類の命運を個人が担っている今までがおかしかった。上層部がどうしてそんな簡単なことにも気づかないのか。私には理解できない。私が守人になったその時は、私が指揮官となり近代兵器を装備させた数十人規模の部隊をこちらに派遣するつもりだ。これで貴方個人に守られるよりも人類の安全性は強化される」


「つまりわしはもう用済みと?」


「不快に思われたのなら申し訳ない。だがこれが真実だ。本来であれば貴方の課題をクリアし、貴方に認められたうえでこの真実を伝えるべきだった。だが私は――」


「マーカス」


 マーカスの言葉を遮り私は口を開いた。マーカスが驚いた顔でこちらに振り返る。私はゆっくり息を吐いてマーカスを見据えた。


「やはり君は何も理解していない。どうして上層部がここに部隊を派遣しないのか。どうして人類がアルベルトさんにだけ重荷を背負わせているのか。君は何も理解していなんだ」


「……ドロシー? 君は一体何を言って――」


「アルベルトさん。以前そうしたように異界生物をここに呼ぶことはできるか?」


 アルベルトが白い髭をさわさわ撫でながら片眉を上げる。


「できることはできる。だが良いのか?」


「ああ。後のことは私が責任を持って対処する。アルベルトさんに迷惑はかけない」


 アルベルトがおもむろにさっと手を振る。直後に庭に大きな影が落ちた。マーカスがぽかんとした顔で頭上を見上げた。頭上から象ほどの大きな塊が降ってきて地面に激突する。


「う――うああああああああ!?」


 頭上から降ってきた塊にマーカスが絶叫する。頭上から現れたそれは複数の動物を組み合わせた不気味な造形をしていていた。死の大地に迷い込んだ異界の怪物だ。


「ここ……これはまさか……こいつが異界の生物か?」


 マーカスが唖然と呟く。異界の怪物が眼球らしきものを動かしてマーカスを見据えた。


「ここここの――くたばれ化け物が!」


 マーカスが異界の怪物に向けてがむしゃらに発砲する。異界の怪物に容赦なく降り注ぐ高速の弾丸。異界の怪物の体に銃弾が深々とめりこんで――ポンと銃弾が弾きだされる。


「そ……そんな?」


 マーカスが声を震わせながら拳銃の再び引き金を引く。だが弾の切れた拳銃はカチカチとなるだけだ。腰を抜かしたマーカスに異界の怪物が一歩近づいて――


 そこで私は怪物の前に立ちふさがった。


「ど、ドロシー!」


「黙ってそこで見ていてくれ」


 牙を剥き出しにする異界の怪物。私は腰にある剣の柄を握りしめて――抜刀した。異界怪物の動きが止まる。少しの間をおいて、異界怪物の胴体があっさりと両断された。


「マーカス。君の意見はおおよそ正しい。確かに人類の命運を個人が握るなんておかしなことだ。本来は組織がその役割を担うべき。だがそれは不可能なんだよ」


 抜刀した剣を鞘に納めつつ振り返る。尻餅をついたまま呆然とするマーカス。声も出せないその彼に私は淡々と言う。


「近代兵器は確かに大きく進歩している。個人の魔術を上回るほどに。だけどそんなものでは異界の怪物に対抗できない。次元そのものが違うんだ。守人に必要なものは、近代兵器を装備した部隊ではなく、異常な力を保持した()()()()()なんだよ」


「……ド……ロシー……」


「マーカス・ボガード。君はそれでも守人になる覚悟があるのか?」


 私の問いかけにマーカスは返答することがなかった。



======================



 都市ルンビーズへと通じる路地の前。私はマーカスに対して別れの挨拶をする。


「守人として一人前になるまで私はこの街にいる。何かあれば遠慮なく訪ねてきてくれ」


「……すまない。結局私は君の力になることができなかった」


「そんなことはない」


 肩を落としているマーカスに私は笑う。


「心配してくれて嬉しいよ。上層部と衝突してばかりだった私を皆は避けていたが、君はこんな私をいつも気にかけてくれていたな。君の優しさには感謝していた」


「優しさって言うより……はあ……やっぱり君には何も伝わっていないんだね」


「何がだ?」


 首を傾げる私に、マーカスが「な、なんでもない」と頭を振る。


「今日は一旦帰らせてもらう。だが私は私のやれることを考えてみるつもりだ。幸いにも私には親の七光りがあるからね。普通の人にはできない支援もできるはずだ」


「期待している。だがあまり無茶はしないでくれよ。君が手を汚して私を助けてくれたとしても、私は嬉しくないからな」


「心得ておく。それにしても少し見ない間にドロシーは強くなったんだな」


「そのようだな。これもアルベルトさんの指導があってのものだ」


「例外的な人間……か。私にはとても想像できない。でも君はそれになるつもりなんだな」


「できるかどうかは分からないけどね」


「そしてそれだけの力を身に付けた後は、守人として異界の怪物と戦い続けるのか。たった一人で。どうして君はそこまでするんだ?」


「話しただろ。私は騎士だ。騎士として正しいことをしているだけだよ」


「正しいこと……か」


 マーカスが顔を俯ける。一体どうしたのだろうか。私は眉をひそめて沈黙するマーカスを見つめた。時間にして五秒。マーカスがぽつぽつと言う。


「君は前からそうだったね。正しいことのために迷わず行動する。以前は不正まみれの上層部を相手に。そして今は人類を滅ぼしかねない怪物を相手に。君はいつもまっすぐだ。親の威光に胡坐をかいていた私にとって君のその生き方は眩しくて――憧れだった」


「そ、そんなふうに思ってくれていたのか?」


「だけど時々、それが不安になる」


 マーカスが俯けていた顔を上げる。


「君はあまりにまっすぐすぎる。それが正しいことなら自分の立場が悪くなろうとも、自分が傷つこうとも、それを躊躇いはしない。自己犠牲ですらない。君はそれを犠牲とすら考えていないからだ。至極当たり前の対価として君はそれをささげてしまう」


「マーカス?」


「誰かのために行動することは絶対的に正しい。それは分かる。だが自らのことを一切顧みない君のそれはまるで――」


 まるで――


「……いや」


 マーカスがふっと笑う。


「詰まらないことを話してしまったね。とにかく君もあまり無茶しないでくれ。それとたまには職場にも顔を出してくれよ。君は知らないようだが君のファンも結構いるんだ」


「……ああ」


「それでは私はこれで失礼させてもらう」


 マーカスが踵を返して路地に消える。彼の背中を見送り私は屋敷に帰宅しようと振り返った。だが足が動かない。私の脳裏にはマーカスが最後に残した言葉が反響していた。


(それはまるで――)


 なんなのだろうか。


 私は頭を振って帰路についた。






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