6話_水上格闘技は命懸け5
「死に晒せええええええ!」
「ぶちくらわしたるわああああ!」
ビニール製の武器を手にした二人の女性が決死の形相で戦いを繰り広げる。その苛烈さはこれまでの安穏としていた雰囲気とはまるで異なる殺伐としたものであった。
「すごい! こちらもすごい試合です! 先程のドロシー選手たちの試合が他の選手たちの意識を変えたのでしょう! 誰もが真剣に勝負と向き合っているように感じられます!」
ようやく格闘技の試合らしくなってきた。私は甚く満足して一人頷いた。
「うう……水着美女たちの戯れが……キャッキャッウフフの祭典が……」
なぜか解説役のアルベルトが頭を抱えている。具合でも悪いのか。心配だ。
「はむむむ……みんなあ、がんばってくださいいいいい!」
アルベルトとは対照的にメルルは楽しそうに両手を振っている。開幕直後は詰まらなそうにしていた少女も大会が熱を帯びるのに比例して少女の関心も高まったようだ。
そして一時間が経過する。
「今大会もついに決勝戦を迎えることとなりました! これまでに数多くの名試合がありましたが、特に彼女たちの試合が心に残っているという方も多いのではないでしょうか! しかしそれも当然。両選手ともにその実力は圧倒的! 強敵たちを前に難なく勝利を収めてきた彼女たちの実力は本物だ! その両選手がこの決勝の舞台でついに激突! 果たして真の強者はどちらなのか!」
うおおおおと会場が熱狂する。
「それでは決勝の舞台に勝ち進んだ両選手を改めて紹介いたしましょう! まずはAサイド! 抜群のスタイルに美貌! そして騎士としての確かな戦闘技術! その姿はまさに戦乙女! その卓越した剣捌きは勝利の道を切り開くことができるのか! ドロシー・ヒルトォオオオオオオオオオオオン!」
一段と歓声が高まる。板が敷かれたプールの中心。そこに立ち私は正面を見据える。これから戦うことになる決勝戦の相手。それは大会開始前から想定していた人物であった。
「続きましてBサイド! 出身地不明! 職業不明! 何もかもが謎に隠されたミステリアスガール! 確かなことは彼女がとてつもなく強いという事実のみ! 引き締められた肉体美に宿るその力は正義の騎士をも圧倒するのか! 角と尾がチャームポイント! キラァあああああああああああああああ!」
歓声がまた強くなる。だが目の前にいる女性――キラもまた歓声には応えずこちらをジッと見据えていた。
「やっぱテメエが勝ち上がったか。まあこんな雑魚どもが相手じゃあ順当だよな」
「よろしく、キラさん」
こちらからの挨拶を鼻で笑い、キラが拳につけてビニール製のグローブをかざす。
「随分と余裕じゃねえか。こちらの世界の生き物にしては少しやるようだが、まさかこの俺に勝てるとでも思ってんじゃねえよな?」
「キラさんに勝てるかどうかは分からない。だがここに立つ以上は勝つつもりではいる」
「は、上等だぜ。そもそもテメエとは何かしら決着をつけねえととは思ってたんだ。アルベルトの女であるテメエとはな」
「キラさんの目の敵にされている理由がよく分からないが……私としても一度キラさんとは手合わせを願いたいと思っていた。この機会に全力でぶつからせてもらうよ」
私はそう言いながら剣を構える。ビニール製の攻撃力皆無の剣。キラほどの強敵を前にこのような玩具役に立たない。以前の私ならそう考えていただろう。だが今は違う。私は神経を集中させながら呼吸を整えた。
「それでは――レディーファイ!」
司会者の合図と同時、キラの姿が掻き消える。一瞬の困惑。だが周囲の板が弾ける様子から状況を理解。前に跳躍しながら後方に振り返った。
「おらあああああああああああああ!」
いつの間にか背後に回り込んでいたキラが右拳を突き出してくる。私は咄嗟に両腕をクロスさせキラの拳を受け止めた。
「ぐ……!」
両腕が折られそうなほどの激痛を覚えながら背後へと吹き飛ばされる。そしてゴロゴロと板の上を転がりつつも素早く立ち上がった。右拳を突き出していたキラが「へえ」と感心するように犬歯を見せる。
「俺の動きが見えていたのか。想像よりもやるじゃねえか。まあこんな足場の悪い場所じゃあ本来のスピードの半分も出やしねえけど」
「……どうして追撃してこない?」
「別に。テメエに勝つぐらいいつでもできるだろ。少しは遊ばせろよ」
「……そうか……ならば――」
直後、キラへと急接近する。ぎょっと目を見開くキラ。私は油断しているキラに向けてビニール製の剣を叩きつけた。おおよそビニールとは思えない重厚な衝突音。横に弾き飛ばされたキラが「うおおおお!?」と不安定な板の上にどうにか着地する。
「追撃はしない。これでおあいこだな」
「――っ……テメエ」
キラの目がギリギリと細められていく。どうやら本気になってくれたらしい。
「こ、これはすごい! 想像のはるか上をいく激しい攻防だ! しかしこの破壊力はどういうことなのでしょうか! とてもビニール製の武器とは思えません!」
異界の怪物との戦闘時。私は所持していた剣で怪物を一刀両断した。それは白魔術の恩恵によるものだが、怪物の強度を考えるならそもそも武器の強度が足らないはずだ。ではなぜ怪物を倒すことができたのか。その理由は単純。白魔術は肉体のみならず、無機物の強度もまた底上げしているからだ。
(このビニール製の剣とてうまく白魔術で強化できれば相応の力は出せる)
ここで私はようやく気付いた。アルベルトの隠されていた真意に。
「アルベルトさんがこの大会を開いたのは私にこの技術を学ばせるためだったんだ」
「違うぞ」
解説席にいるアルベルトが呟く。それはそれとして油断はできない。白魔術はもとより異界生物の得意とする分野なのだ。当然ながらキラもその例外ではない。
「……なるほど。舐めていたことは認めてやるよ。それでもテメエと俺との実力には埋めようがない圧倒的な差があるぜ。ハッキリと悪手だったぜ。この俺を怒らせたんだからな」
「動かすのは口以外にしたほうが良い。次は君が油断したところで容赦しないぞ」
「容赦ときたか――ざっけんなあああ!」
キラが急接近する。私は息を止めて迫りくるキラに剣を振るった。だがその剣をあっさり回避してキラが右拳を突き出す。私は咄嗟に後退しながらキラの拳を肩で受け止めた。
「――っ!」
肩が砕けるほどの激痛。キラの拳にはビニール製のグローブがはめられているが、まるで石を直接叩きつけられたようだ。これが彼女の白魔術による効果。私は激痛を堪えながら剣を横なぎに振るった。
キラが身を屈めて剣を回避する。そしてまたこちらに踏み込んできた。超至近距離において剣は分が悪い。だからと大会が用意した武器以外の攻撃――蹴りなどは禁じられている。私は舌を鳴らしながら体をねじった。
キラの左拳が脇腹を掠める。肉が削がれたような痛みに苦悶しながらもまた後退してキラとの距離を取ろうとする。だが常に接近し続けるキラを振りほどけない。このままでは防戦一方だ。私はがむしゃらに足元の板を踏みつけた。板が跳ね上がり水柱が上がる。
「うおおおおおお?」
体勢を崩したキラが素早く後退する。私もまた水面に落下しないよう慌てて隣の板に着地した。止めていた息を吐き出して呼吸を整える。どうにか距離を取ることに成功するも自爆しかねない危険な方法であった。
「うまく逃げやがったか。だが直撃こそ避けたがダメージはあるみてえだな」
「……さあな」
「やせ我慢すんなよ。見るからに息切れしているぜ。このまま追い詰めてぶちのめしてやってもいいが、さっきみたく自滅覚悟の行動やられても面倒だからよ――」
キラが右手のひらをこちらに向ける。
「安全策を取らせてもらうぜ」
キラからプレッシャーが膨れると同時、私は直感的に横に跳んだ。キラの手のひらがチカリと光る。直後、私が一瞬前で立っていた板が光に飲まれて粉々に砕けた。
「――波動か!?」
白魔術の応用。肉体などを強化するために使用される力をそのまま攻撃に転用したもの。アルベルトからはそう聞いている。水しぶきを浴びながらキラが荒々しく微笑んだ。
「詰まらねえ戦い方だが若いアルベルトに会うためには負けるわけにもいかねえんでね。文句は受け付けねえぞ。直接攻撃しているわけでもねえしルール上も問題ないはずだ」
「文句など言わない。寧ろありがたい。この力はもう一度観察しておきたかった」
「そうかい。それなら感謝して――くたばれやああああああああ!」
キラの手のひらがまた光に包まれて――
私は全力で跳躍した。




