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6話_水上格闘技は命懸け2

挿絵(By みてみん)

「それで結局なんなんだよ? その『ピチピチなんとか大会』ってのはよ」


 一度帰宅してもらい、翌日に改めて屋敷を訪ねてきたキラがそう疑問符を浮かべる。彼女の当然の疑問に私は毅然と答えた。


「私にも分からない」


「お前にも分からねえのかよ」


 表情を渋くしてキラが口調を強くする。


「お前が昨日、アルベルトに会うためになんとか大会を開くから明日来てくれって言ったんだろうが。そのお前がなんで大会のこと知らねえんだ?」


「それはすまない。アルベルトさんに尋ねても答えてくれなかったんだ」


「どうせなら二人まとめて説明したほうが面倒がなくて良いじゃろう?」


 リビングのソファに腰掛けたアルベルトが顎髭を撫でながら口を開く。


「とはいえ何も難しい話ではない。『ピチピチプルプル嬉し恥ずかし水上格闘大会』とは読んで字のごとく、水上で行われる格闘技大会のことじゃよ」


「格闘技大会?」


「左様。十年ほど前からわしが個人開催しておる血で血を洗う凄惨な大会じゃ。本来ならば長年の修練を重ねた歴戦の戦士でなければ危険であるがゆえ選手に選抜することはないのじゃが……お主らほどの実力者であれば問題ないだろうとわしが判断した」


「よく分かんねえけど、その大会が若いほうのアルベルトと何の関係があんだよ」


「この大会での優勝者にはある報酬が与えておる。その報酬とは『あらゆる願い』じゃ」


「あらゆる願い……つまり何でも好きなことを叶えてくれるってのか?」


「うむ……これまでの優勝者もまた高級外車や一等地の豪邸、大手企業の内定確約やアイドルデビュー、中にはシンプルに使えきれぬ大金など獲得してきた。無論犯罪がらみや死者蘇生など不可能なこともあるが、大魔導士たるわしのコネや魔術を用いれば、大抵の願いは叶えることができよう」


「じゃあ俺が若いほうのアルベルトと会いたいって願いも――」


「叶えてやる。どうじゃ。この大会に参加してみる気になったか」


 キラが「むう」と思案顔になる。


「……今ここでお前が若いほうのアルベルトの居場所をゲロっちまえば済む話なんだが」


「それを試してみても構わんが実力行使でわしを負かすのは骨が折れるぞ?」


「ちっ……いいだろう。その何とかって大会に参加してやろうじゃねえか」


「そうかそうか。ドロシーもそれでよいか?」


「やはり私も参加する話になっているのか?」


 表情を渋くする私にアルベルトが「もちろんじゃ」とごく当然のように頷く。


「キラを相手に一般人と勝負などさせられまい。だがお主ならばまあ大事には至るまい。それに守人として異界の者との勝負の経験を積んでおくことも悪くないはずじゃ」


「……それはそうだが」


「当然お主が勝利したならばあらゆる願いを叶えてやるつもりじゃ。豪邸でも車でも何でも好きに願ってよいぞ。お薦めはこのわしとの一日デート券じゃがな」


「ん~……どれも興味がないな」


「で、デート券は一日ではなく一か月、いや一年でも構わぬぞ?」


「ありがとう。だが本当に興味がないんだ。自分でも驚いてしまうくらいに」


「なんじゃろう……口汚く罵ってもらった方がまだ楽だった気がするのう」


 なぜか落ち込んでいるアルベルトを無視して私は思案する。あらゆる願いを叶える。私が今望んでいること。私はふとアルベルトの横にいるメルルを一瞥した。


「ふえ?」


 メルルが首を傾げる。私は「よし」と視線をアルベルトに戻した。


「分かった。私も参加しよう」


「おお、参加してくれる気になったか。ならばさっそく用意せねばな」


 アルベルトがパンパンと手を鳴らす。するとリビングの扉が開いて大量の荷物を抱えた大勢の人が現れた。ぽかんとする私やキラを気にもかけず、荷物を抱えた人々がリビングで何かを設置していく。時間にして五分。いつの間にかリビングには専門店と見紛うほどの大量の衣服が飾られた。


「さあさあ二人とも。この中から大会のコスチュームを好きに選んでくれてよいぞ」


「コスチュームってなんだよ?」


「もちろん水着のことじゃよ」


 眉をひそめるキラにアルベルトが上機嫌に言う。


「これは水上格闘技。当然ながらお主らには水上で戦ってもらう。服が濡れる危険性があるゆえ水着を取り扱っている専門店ごとここにデリバリーしたのじゃ」


「はあ? 水着なんていらねえよ。その大会にはこの服で出場すっからよ」


「いかああああああああああん!」


 アルベルトの絶叫にキラがびくりと肩を揺らす。


「水に濡れるというのに水着を着ないなどあり得ぬ! 濡れたシャツから肌が透けて見えてしまうのもそそるものがあるが、水着の破壊力には到底及ばぬわ!」


「は、破壊力って何の話だ! 俺はこんなふざけたものを着るために大会に――」


「それに若いアルベルトがどこからか大会を見学しているかも知れんしのう」


 アルベルトに反論しようとしたキラがピクリと止まる。


「そして大会を見学していた若いアルベルトがお主の水着姿に心打たれるやもしれん」


「あ、アルベルトが俺の水着姿に?」


「さすれば大会の勝敗に関係なくお主に会いに来るやもしれんのだが……いやいや、これは余計な話じゃったな。まあお主がどうしても水着を着たくないというのであれば――」


「だ、誰も着ねえなんて言ってねえだろ!」


 キラが鼻息も荒く言う。


「よく考えてみれば水上格闘技における水着ってのはいわゆる戦闘服だろ! それを着ねえなんて戦士としてあり得ねえ! そうだろジジィ!」


「その通り。いやはやその真理に気づくとはお主なかなかやるではないか」


「おっしゃああ! すっげえ可愛い水着選んでやっから覚悟しろよアルベルト!」


 展示されている水着へとキラがダッシュする。訳知り顔で頷いていたアルベルトが今度はこちらに視線を向けた。


「ほれ。お主もさっさと水着を選ばんか」


「いやだなあ」


 アルベルトの催促に私は素直に言う。


「私はこういう肌が露出してしまう服は極力着たくないんだ。昔からこういう服を着ると変に注目を浴びてしまう体質みたいでな」


「お主、さりげに自慢しておらんか?」


「まあ今回は我慢しよう。だが私に合う水着がここにあるかどうか不安だな。大抵の水着は私が着ると胸が窮屈で苦しんだ」


「やはり自慢しておるな?」


 アルベルトがコホンと咳払いして瞳をきりりと引き締める。


「しかしあれじゃな。水着となるとお主らのように過剰反応する若者が多くて敵わんわ。夏服と称して足やら胸の谷間やら平気で出しておるくせに合理性に欠けるというもの」


「それは人によるだろ。そもそもアルベルトさんのように変な目を向けてくる者がいるから私たちも意識せざるを得ないんだ」


「それが過剰反応だというのじゃ。わしらは一切合切お主らを変な目でなど――」


「おじいちゃんおじいちゃん」


 アルベルトの声を遮り、メルルが一着の水着を掲げて笑顔で言う。


「この水着、可愛いですう。あたしもこの水着を着てみてもいいですかあ?」


「いかああああああああああああああああああああああああああああん!」


 アルベルトがメルルの前まで瞬間移動して――少なくとも私にはそう見えた――少女の肩をがしりと掴む。


「何を考えておるのじゃメルル! このような露出度の激しいものを着ては男どもの餌食になってしまうじゃろうが! おじいちゃんはこんな水着など決して容認せんぞ!」


「でもでもドロシーさんとかは着るんですよね? それにおじいちゃんだって水着を変な目で見る人なんていないって――」


「変な目で見る連中ばかりじゃわい! 男の九割八分五厘は変な目で見ておる! にも拘わらず水着など好んで着るのは露出狂の変態ばかり! 間違いないわ!」


「……変態か」


 こちらの呟きなど無視してアルベルトがメルルの背中を押して出口へと進む。


「さあさあ、ここは目に毒じゃ。メルルは隣の部屋で漫画でも読んでなさい」


「ぶうう、この水着可愛いですのに」


「メルルはそのままで十分可愛いぞ。だから機嫌を直しておくれ」


 アルベルトとメルルが退室する。二人の様子になど目もくれず血眼になって水着を物色しているキラ。そんな彼女を眺めながら私は大きく嘆息した。


「何となく釈然としないが……まあいいか」


 思えばこの屋敷を訪れてから「釈然とした」時のほうが少ない気がする。これが慣れと言うものか。私は深く考えるのを放棄して水着を選ぶことにした。





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