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6話_水上格闘技は命懸け1

挿絵(By みてみん)

「お手伝いですかあ?」


 メルルがぽかんと目を丸くする。客室のひとつを掃除していた少女が手に持っていたほうきを止めて首を傾げた。


「でもドロシーさん稽古とかで忙しいですよね。大丈夫ですう?」


「あ、ああ……稽古はもう済ませたよ。いつもメルルさんに家事を任せきりだからな。私は居候みたいなものだし、何か私にも手伝えることはないだろうか?」


 メルルが「ん~」としばらく考える素振りをしてからニコリと笑う。


「お気遣いありがとうございますう。でもでも、そんなこと気にしなくて大丈夫ですよお。家事は使用人風のあたしのお仕事ですしい。それにドロシーさんはおじいちゃんのお仕事を覚えるのに大変ですう。あたしのお仕事で疲れちゃうのはダメですよお」


「し、しかしそれでは……」


「あたしはもう五十年もこの屋敷で家事をしていますう。だからだから、ドロシーさんもずばっとあたしにお任せください」


 一点の曇りもない笑顔でそう言われ、私はただ頷くよりほかなかった。



======================



「はあ……ダメだな私は」


 自分の寝室へと戻り、私はベッドに腰掛けながら嘆息した。


「難しいことではないはずなのだが……どうにも改まっては言いづらいな。メルルさんにとっても迷惑な話になるかも知れないし」


 アルベルトに相談するべきか。しかしこれはあくまで私個人での話。アルベルトを巻き込むのも違う気がする。私は考えがまとまらずまた一人嘆息した。


 この時、寝室の壁が外側から破壊される。ベッドに腰掛けたまま私は怪訝に首を傾げた。もうもうと立ち込める土煙。その中から見知った人影が現れる。


「よお、数日ぶりだな」


 現れたのは白髪に褐色肌、角と尾を生やした異界の者――キラであった。ギラギラと眼光を輝かせて荒々しい笑みを浮かべている彼女に私は穏やかに微笑んだ。


「なんだキラさんか。怪我はもういいのか?」


「はん。あの程度の怪我どうってことねえよ」


「そうか。気を失っているキラさんをベッドに運んだものの、いつの間にか姿を消していたから心配していたんだ。何事もなかったのなら安心――」


「って違うだろおおおおおおおお!」


 キラが絶叫して地団太を踏む。突然の奇行に私は眉をひそめた。


「どうしたんだ? 突然暴れ出して……あ、やはりどこか痛むのか? 無理をしてはダメじゃないか。どこが痛むんだ。私も簡単な手当ならできるから――」


「清らかな目で寄るな! そうじゃなくて――壁をぶっ壊して登場してんだぞ! もっと驚けよ! 憤れよ! ツッコめよおおお!」


 今度は頭を掻きむしり始めたキラに私は困惑しながらも笑った。


「そんなことか。この街は一度見渡す限りが破壊されているしな。今更屋敷の壁の一つや二つ破壊されたからと驚きはしないさ。むしろ地味な登場だなと思ったぐらいだ」


「お前それもう罵詈雑言だからな!」


「壊れた壁はアルベルトさんに言えば直してもらえる。だからそんな心配しないでくれ」


「いつ心配した! お前には俺がどう見えているんだああああああああ!」


 キラがゼエゼエと息を吐いて「……はあ」と大きく肩を落とす。


「お前と話していると疲れる。悪意がないだけに質が悪いしよ」


「疲れる? やはり怪我を――」


「そう言うのはいいっての。それよりも――アルベルトの奴を呼んでくれよ」


 顔色の悪いキラが――本当に怪我は大丈夫なのか――ぽつりと言う。私は特に誤魔化す必要もないため素直に答える。


「アルベルトさんならリビングにいると思うが……アルベルトさんに用があったのか。それならリビングの壁を壊せば良かったのに」


「良くねえだろ。じゃなくて、それはジジィのほうのアルベルトだろ。俺が言っているのは若いほうのアルベルトだよ」


「若い? えっと……この前説明したと思うが、あのご老人が五十年前にキラさんが出会ったアルベルトさんだ。あのざまでは信じたくないのも無理ないが」


「……お前って悪意はないけど口は悪いよな」


 キラがふんと鼻をついてニヤリと笑う。


「悪いがもうバレてんだよ。いつまでも詰まらねえ嘘ついてんじゃねえ」


「嘘?」


「しらばっくれるな。数日前にあのジジィと対決した直後、なんでか俺は気を失っちまったわけだが、そん時に一瞬だけ目を覚ましたのさ。するとどうだ? 俺の目の前にはあの若いアルベルトが立っているじゃねえか」


 キラが話している騒動時、アルベルトは若い姿に戻っていた。恐らくキラはその時にアルベルトを目撃してこちらが嘘をついていたのだと判断したのだろう。


「それは違うぞ。あれはアルベルトさんが魔術で若返っただけなんだ」


「まだ嘘つくのかよ。もし若返ることができるならずっとそのままでいいじゃねえか」


「まあ……それはそうなんだが」


「よく考えればおかしい話だ。あの大魔導士アルベルトが老いて死ぬなんて間抜けなことになるわけがねえ。つうわけで、若いほうのアルベルトを早く出してくれよ」


 


「――ということなんだが」


 キラを一旦寝室に待たせて私はリビングでくつろいでいたアルベルトにことの事の経緯を説明した。アルベルトが表情を渋くして白い顎髭をさわさわと撫でる。


「またややこしい勘違いをしおったものだ。はてさて……どうしたものか?」


「若返った姿で一度会ってやればいいんじゃないのか? そのうえで今のアルベルトさんに戻ってみては。あまりの変貌ぶりにキラさんがトラウマにならないか心配だが」


「おいこら泣くぞ」


 アルベルトが嘆息して頭を振る。


「却下じゃ。あの術は色々と制限があるのでな。おいそれと使用して良いものではない。そうでなければわしだっていつまでも若々しい肉体でいたいものじゃ」


「そうなのか……しかし困ったな。一度若いアルベルトさんを目撃されているだけに、もうこちらの説明は聞いてくれそうにない」


「ぬう……仕方あるまい。ここは奥の手といこうかのう」


 アルベルトがざっと立ち上がり高らかに言う。


「今ここに『ピチピチプルプル嬉し恥ずかし水上格闘大会』の開催を宣言するぞい!」


「な、なんだってええええええええええええええええええええええええ!」


 アルベルトの意味不明な言葉に私はとりあえず驚愕に慄いておいた。





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