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3話_異界からのランデブー5

挿絵(By みてみん)

「そんなことがあったのか」


 キラとアルベルトとの出会い。キラの口から話されたその内容に私はやや驚愕する。リビングのソファで顔を俯けているキラ。その沈んだ表情から彼女が相当のショックを受けているのが見て取れた。キラの対面のソファで難しい顔をしているアルベルト。眉間にしわを寄せているその彼に私は尋ねる。


「覚えているか? アルベルトさん」


「んん~……いや……それがさっぱり覚えとらん」


「……アルベルトさん」


「そう軽蔑するな。まだ結界が不完全であったことを考えると、恐らくわしがまだ死の大地に降り立って間もない頃――約五十年前のことじゃ。忘れても仕方なかろう」


 アルベルトのその言葉に私はぎょっと目を見開く。


「五十年前? そんなに昔のことだったのか……しかしキラさんは」


 キラの見た目は二十歳前後。とても五十年生きているようには見えない。


「異界の者は長寿だからのう。五十年など奴らにとって5、6年みたいなものじゃ」


「そうなのか……しかしキラさんが出会った男性は本当にアルベルトさんなのだろうか?」


「どういう意味じゃ?」


「いやなんとなく……キラさんの話に出てきたアルベルトさんと今のアルベルトさんとで印象がだいぶ違ったのでな。ほら、今のアルベルトさんなら女の子を見かけたらすぐ襲い掛かろうとするじゃないか」


「お主……そんな綺麗な瞳でひどいことを」


 だが自分でも心当たりがあるのかアルベルトが首を捻りながら続ける。


「五十年もあれば人は変わる。それに五十年前のわしは人との関りを極力避けていた」


「それは私も聞いたことがある。大魔導士アルベルトは人間嫌いで有名だとな。だから今のアルベルトさんを見て私も驚いた」


「わしは十代にして大魔導士と呼ばれ周囲から持ち上げられておったからな。わしの名声にあやかろうと詰まらぬ者が寄ってくるのが、はなはだ迷惑であったわい」


「しかし今はたくさんの人をデリバリーして屋敷に招いているのだな」


「騎士団ならいざ知らず、デリバリーされる一般人にとって、わしは人気のない屋敷で暮らしている人畜無害の老人に過ぎぬよ」


「人畜無害でもないが……」


 優れた力が望ましくない者を引き寄せる。それは私でも何となく予想できた。今でこそ物腰柔らかなアルベルトだが昔は色々と大変だったのだろう。


「それでキラさん……貴女はこれからどうしたいんだ?」


「……どうしたいって」


 キラが大きなため息を吐く。


「分かんねえよ……まさかアルベルトがジジィになっているだなんて考えてもみなかったし……でもそうか……ここの生き物はそんな簡単に老けちまうんだな」


「アルベルトさんに会いたかったのなら、どうしてもっと早く来なかったんだ?」


「俺としては五十年なんて大した時間じゃねえんだよ。それにアルベルトに勝つために訓練する時間は必要だったし……なにより俺はちゃんと大人になって会いたかったんだよ」


「どうして?」


「どうしてって……そりゃあ……あれだよ……別になんとなくだよ」


 キラが顔を赤くしてモジモジと肩を揺らす。彼女の意味不明の行動を怪訝に思いつつ私はキラに告げる。


「どちらにせよアルベルトさんとの勝負はもう諦めたほうが良い。見ての通り、アルベルトさんはご老体だ。キラさんだってこんな死にぞこないに勝っても嬉しくないだろ?」


「し、死にぞこない……」


「え? あ、いやそうじゃないんだ、アルベルトさん」


 アルベルトが思い違いをしていることを察して私は慌てて声を潜ませて訂正する。


「アルベルトさんがすごいことは私も重々承知している。だが二人が戦っても益になることなど何もないだろ。幸いアルベルトさんは死にぞこないだ。それを理由にキラさんに諦めてもらおうとしただけだ」


「ふむ……わしはてっきり死にぞこないについて訂正してくれると思っておったんじゃが」


 なにやら不満げにするアルベルトだが私は誤解も解けただろうと一安心する。するとここでキラがバンッとテーブルを叩いてソファから立ち上がった。


「諦めるだって……冗談じゃねえ。それじゃあ俺の五十年間は何だったんだよ」


「キラさん……し、しかしアルベルトさんはこのざまなんだぞ?」


「このざま……」


「このざまだろうと死にぞこないだろう納得できるわけがねえだろ!」


 何やらぼやいていたアルベルトに向けてキラがズビシと指さす。


「アルベルト! 俺と勝負しな! ここでテメエに勝って五十年間のこの想いにケリつけてやる!」


 どうやら二人の戦いを止めることはできなかったらしい。私はそれを理解して嘆息する。


「すまない……アルベルトさん。私がもっとアルベルトさんがいかに自立式ミイラであるかを熱弁さえできていればキラさんを説得することもできたのだが」


「もうええて」


 半眼で遠くを見つめているアルベルト。そんな彼の「もうええて」という気遣いの言葉に私は自身の未熟さを恥じながらも胸を熱くした。


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