2話_デリバリーの可能性は無限大3
「さあ、始まりました! 第一回スポーツ王頂上決定戦――俺の前を走るやつは足かけてでもコケさせる――の開催となります! 司会進行は僭越ながらこの私――笑顔100%果汁でおなじみのパット・カーニーが務めさせていただきます! そしてこちら解説役兼大会発案者となる歴史的偉人、大魔導士――アルベルト・バーゲンさんになります。アルベルトさん! 宜しくお願い致します!」
「ふむ、よろしく」
アルベルトの軽い挨拶に競技場の観客席を埋め尽くしている人々が歓声を上げる。片手をあげて声援にこたえるアルベルトに司会進行のパッドがにこやかに話をする。
「しかしアルベルトさん、ついに開催となりましたね。大会発案者であるアルベルトさんとしては万感たる思いであることでしょう」
「うむ。この大会を思いついたのは昨日の昼寝途中であったが、万感たる思いであることは間違いないのう。昨日はドキドキして夜は中々寝付けんかったぐらいじゃ」
「なるほど! 夜に寝付けなかったのは昼寝をしていたからではないかとも思いますが、アルベルトさんもそれほどこの大会を楽しみにしていたということですね」
「おお、そこのお姉ちゃん! ビール一杯こちらにくれんかのう!」
「さあそれでは早速第一競技の選手に入場していただきましょう! 選手入場!」
司会の合図とともにグランドに背の高い男性が現れる。伸びやかな足に引き締められた体。彼の日々こなしているだろう過酷なトレーニング量が伺える。そんなことを考えながら私もまたグラウンドに足を踏み入れた。
「それでは選手紹介と参ります! 北口から入場しましたのはアラン・マクドニア選手となります! 皆さんも彼を見たことがあるのではないでしょうか! そうです! 先日行われた世界陸上競技大会において銀メダルの好成績を残した通称――旋風のカンガルー! 会場の皆さん! どうか大きな拍手を!」
わあああああ! と会場から歓声が上がる。
「彼に対するはなんと麗しき女性! ドロシー・ヒルトン選手となります! 皆様驚くのも無理はありません! しかし侮るなかれ! なんと彼女――帝国騎士団に所属する現役の騎士になのです! その可憐な出で立ちに隠された実力はまさに未知数! 銀メダル選手であるアラン・マクドニア選手にどこまで食い下がれるのか! 大注目です!」
わあああああ! と会場からまた歓声が上がる。
「さあ両者準備は宜しいですか! ではスタートラインについて――おおっと!? ここでドロシー選手が手を挙げています! これは何かのアピールでしょうか!?」
「……質問がある」
会場がシンッと静まり返る。しばしの間。私は無言のまま解説席でビールを飲んでいるアルベルトを見つめた。アルベルトがキョロキョロと視線を振って目を丸くする。
「え……わし?」
「他にいないと思うが?」
私は自分の姿――タンクトップに短パンと言う姿を一瞥しつつ首を傾げた。
「これは一体何の真似だ?」
「第一回スポーツ王頂上決定戦じゃが?」
「そんな当たり前のように言われても知らない。とにかくなぜ私がそんな大会に参加させられなければならないんだ?」
「お主の実力を測るためじゃよ」
ビールをグビリと飲みつつアルベルトが言う。
「守人は異界の生物と戦わなければならぬ過酷な役割じゃ。その任に就けるだけの資質があるのか見させてもらおうと思うてな。ゆえに世界各国から一流のスポーツ選手をデリバリーさせてもらった。お主にはその選手らの得意分野にて勝利を収めてもらう」
「それで最初は陸上競技と言うことか。私の実力を測りたいというのは理解した。だがこの観客たちはなんだ?」
「折角の舞台。こじんまりと勝負しても詰まらぬじゃろう。この街にも競技場はあるのでな。後は賑やかしとして観客や司会を諸々デリバリーさせてもらったまでよ」
「デリバリーってそんな万能なのか?」
やや納得しかねるも私は強引に「承知した」と頷く。
「要はこいつらを全員倒せばいいわけだな。ならば何も問題はない」
「言ってくれるじゃねえか。嬢ちゃんよ」
対戦相手となる選手――アラン・マクドニアがニヤリと笑いながら胸を張る。
「お前が四天王の一角である俺様に勝てるとでも? 素人のあんたは知らねえだろうが、百メートル競技において男女では数秒ものタイム差がある。女であるあんたが俺に勝つことは不可能だぜ」
「御託はいい。さっさと始めよう」
「さあ両選手準備万端のようです! それでは位置について、よーい――」
私はスタートラインに立つとやや前傾姿勢で構えた。対するアランは一般的なクラウチングスタートの構え。こちらの素人じみた構えアランが嘲るように笑みを浮かべる。
パンッ!
合図とともに私は地面を蹴った。一気に加速したアランがこちらの前へと躍り出る。流石にここは経験の差でアランに軍配が上がるようだ。そんなことを考えながら私は徐々に蹴り足を強くしていく。離れていたアランとの距離が徐々に縮まり、ついには追い抜いた。
「ば、馬鹿な!」
アランの驚愕を背後に聞きながら私はゴールテープを切る。タイムは9.3秒。準備運動が不十分だったため好成績とは言い難い。
「まさかこの俺様が……四天王であるこの俺様が女に負けるなんて……」
「ずっと気になっていたが、その四天王って何なんだ?」
がっくりと肩を落としているアランにそれだけ呟いて私はアルベルトを見据えた。
「それで……次は誰と戦えばいい?」
「……そう急くでない。まだまだ大会は始まったばかりなのじゃからな」
アルベルトがそう話してニヤリと笑った。
第二回競技は柔道であった。グラウンドの中央に畳が敷かれて即席の舞台が作られる。柔道着に着替えなおした私の前には巨漢の男がのしのしと現れた。
「ドロシー選手に相対するは、柔道ワールドグランプリで金メダルを獲得したタロウ・ヤマーダ選手となります! 皆さんご覧ください! この巨体! そのクマのような見た目からついた二つ名が童顔のヒグマ! その体格に反した可愛らしい童顔から繰り出される殺戮柔道は今宵も畳を血で染め上げるのか!」
「ふはははは! 俺こそは四天王の一角! 貴様のその細い体など一瞬でぺしゃんこにしてくれるわ!」
「どうしてこの人たちは四天王などという変な肩書を普通に受け入れているんだ?」
首を傾げる私を無視して司会が「はじめええええええ!」と開始の合図を絶叫する。
「うおおおおおお!」
タロウが試合開始と同時に両腕を前にして突進してくる。私はタロウの両腕を掻い潜るとタロウの右袖と襟を素早く掴んだ。そしてタロウを背中に担いで前方に放り投げる。
「ぐえ!」
背中から畳に落下したタロウが悲鳴を漏らして失神する。私は少し乱れた柔道着を整えつつアルベルトに視線を向けた。
「次は?」
グランドに設置されたリング。そこにグローブを身に着けた半裸の男性が上がる。どうやら次はボクシング勝負のようだ。司会の選手紹介を適当に聞き流して試合が開始される。
「喰らえええええ! 四天王パンチ!」
何とか選手から繰り出される四天王パンチ。普通のパンチと何がどう違うのか知らないが、私は何とか選手のパンチを紙一重で躱しつつカウンターの要領で何とか選手の顔面を殴りつけた。何とか選手がぐるりと白目を剥いてばたりと背中から倒れる。
「次だ」
四天王最後の一人。その対決競技は剣術であった。これは騎士である自分にとっても得意分野となる。ジャージに剣を携えて私は対戦相手を睨みつけた。対戦相手の蛇に似た男がべろりと舌を伸ばしながらケケケと笑う。
「喉が渇いて渇いてしょうがねえ……テメエの生き血で喉の渇きを癒してやるよおお」
「こいつ競技者として大丈夫か?」
「これまで四天王を倒したからと調子に乗るな。所詮奴らは四天王最弱よ」
「三人とも最弱なのか」
「きぃああああああああああああ!」
開始の合図も待たずに四天王最後の一人が躍りかかる。私は別段驚きもせず冷静に剣を走らせた。四天王最後の一人がぴたりと止まる。それと同時に四天王最後の一人の衣服がバラバラに切り裂かれた。
「ひ、ひいいいいいいいいいい! 血……血だ! 血を見ると吐き気がするんだよおお!」
勢い余ってつけてしまった手の甲の切り傷を見やり四天王最後の一人が半狂乱になって走り去る。私は抜刀した剣を鞘に納めてアルベルトに視線を投げた。
「四天王と言うからにはこれで最後だな。それで私は合格か? 不合格か?」
「……お主、あまり漫画とか読まんじゃろ」
「どういう意味だ?」
「四天王は所詮前座。四天王討伐後は決まって――魔王との最終決戦があるものじゃ」
ここで突如、上空からグランドに何かが落下した。落下の衝撃で地面が砕けて土煙が周囲に舞う。私は唖然としながらも土煙の奥を見据えた。土煙が晴れて一つの影が現れる。ツインテールの黒髪にエプロンドレス。顔には猫さんのお面をつけたその何者かが「えいえい!」と妙ちくりんなポーズを決める。
「あたしこそが最後にして最強の魔王ですううう! さあドロシーさん! このあたしを倒してみてくださいぃ!」
少女らしい甲高い声でそう宣言する猫さんお面のその人物に――
「お、お前は何者だ!?」
私は狼狽も露わに声を震わせた。




