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第六十話 道満は師に従い都から離れ、賀茂光栄はその偏愛と憎悪を明らかにする

 ――次の大風が迫りきている、それは蘆屋道満をして絶句させた。しかし、そんな彼に梨花は静かに言った。


「晴明様は語っておられました。この度の大風は呪詛が関わっているものであると。……ならば、どうにか出来る手立てはある……と」

「――そうか、呪詛が関わっておるならば大元があり、それでなくとも自然に対し効果の薄い呪(・)詛(・)へ(・)の(・)護(・)り(・)もある程度効果を発揮する……か」

「ええ、ですから……、晴明様は――、道満様にこれから一旦都の外へと向かってほしいと……、そう仰っていました」


 その梨花の言葉に道満は、確信を得たという表情で頷く。


「――何かしら、呪詛の痕跡なりをたどることが出来たのだな?」

「ええ……、賀茂光栄様とお二人で、迫る大風の纏う呪詛の根源のある場所を探し当てたと――」


 その言葉に深く頷いた道満は、一旦自身の屋敷へと戻って旅の準備をするべく走った。その背後を梨花が心配そうに見送った。


 ――その後、旅支度を整えた蘆屋道満は、安倍晴明のもとへと急ぎ、彼の口から呪詛の根源のある場所を教えられた。

 蘆屋道満はそのまま平安京を出て、単身その場所へと急いだのである。――だが、そこにある人物の思惑があることを道満自身も、そして晴明すら気づいてはいなかった。



◆◇◆



「安倍晴明はどうしておじゃる?」

「――あの男は、今、迫る大風の呪詛を遠隔で消すことが出来ないか、我が父が残した文献を読みふけっている最中です」

「……ならば、気づいてはおらぬ様子だな?」


 そう言って密かにほくそ笑む藤原兼家は、傍に控える賀茂光栄にさらなる言葉を示す。


「あの藤原頼忠が死に……、ついにま(・)ろ(・)が(・)世(・)に至ったのじゃ。まろの権力を――、まろの息子の地位を盤石にするためにも、不安要素はなくすべきなのじゃ」


 そう言って怪しく笑う兼家を静かに見つめる光栄。


「――あの安倍晴明はまろの役に立つ存在。だが、しかし――、あの蘆屋道満とかいう輩は、明確にまろに敵意を向けておる。ならば、妙なことになる前に排除すべき……、そう思わぬか?」


 その言葉に光栄は静かに笑って答える。


「……ええそのとおりですね。あの男は――、明確に都に敵対する勢力に情を向けている。我らが使命は都を守護し――、その栄華を永遠のものとすること。それを望まぬ勢力――、特に叛心の強い異種のものどもに近しいあの男を、このまま晴明の傍に置いておけば……」

「――都の脅威になるのは必定……じゃな?」


 ある時期から蘆屋道満の行動は、賀茂光栄の監視下に置かれていた。

 蘆屋道満は、都の治安維持を行う傍ら、都の周囲に住まう妖魔族と頻繁に接触して、彼らに対して医療などの提供を行っていた。

 それはある意味、人間と妖魔族の交流を促進し、人間と妖魔族の互いへの敵対心を和らげる役に立つ行動であったが、そもそも下々の心などどうでもいい権力者にとっては単に叛心燻る勢力に、都の役人が様々な便宜を図っている――、という見方しかしなかった。

 賀茂光栄自身は、彼の行動に一定の利益があることは理解していた。しかし、彼の道満への感情が現在の行動の切っ掛けになっていた。


(……蘆屋道満。我が兄師――、安倍晴明の心を弱くした根源の一人。安倍晴明がああも腑抜けたのは、奴らが晴明に人(・)で(・)あ(・)れ(・)などど下らぬ思想を押し付けたのが原因……)


 賀茂光栄はかつての日を思い出す。――かの安倍晴明が、ヒトを超えた超人として有った頃を。

 かつての安倍晴明は、その人知を越えた叡智にて全てを見抜き、それ故に知恵の足りない者を愚(・)か(・)と断じ、――そして常に正解を示す大賢者として力を示していた。そして、彼に並ぶ叡智を持って生まれた賀茂光栄は、この世で唯一――自分を超える叡智を示す安倍晴明を尊敬し、まさに父親すら下に見ていた自分をして、彼にだけは信頼と敬意を抱いていたのである。

 当時の安倍晴明は、内心多くの人々を愚かと断じ、自身に追いつける叡智を持つ名士のみを友として、――しかし表向きは人の良い人物を演じていた。そんな彼の心を完全に理解できるのは、当時においては賀茂光栄だけであり、それを彼自身何よりの特権のように感じていた。

 しかし――、彼が尊敬する安倍晴明は、ある時から大きくその考え方を変えてしまう。


 ――安倍晴明には、光栄の父――、晴明の師匠に勧められて妻にした女性がいた。その娘は師匠に勧められるだけにそこそこの知恵を秘めた才女であったが、安倍晴明にとっては他の有象無象と変わらぬとして、特に愛情を示してはいなかった。――ようするに、師匠の言いつけ故に成立しただけの夫婦であったが、その間に一人息子が生まれた時から、安倍晴明は――賀茂光栄の視点でおかしくなり始める。

 その息子は、安倍晴明自身の血と力と叡智を継承したとわかるほどの聡明さを示し、安倍晴明はその息子に今まで見せたこともない愛情を示したのである。しかし――。


 ――安(・)倍(・)晴(・)明(・)は(・)息(・)子(・)に(・)拒(・)絶(・)さ(・)れ(・)た(・)。母を明確に蔑んでいる父の心を、その聡明さで見抜いたその子が、愚かな父に愛情を示すことはなかった。

 さらに追い打ちをかけるように、当時、誰よりも親しく付き合っていた友人・源博雅と喧嘩別れをして、――そして、それ以降、安倍晴明から覇気が失われていった。

 そんな折に安倍晴明は、自身と血を分けた兄弟――、種違いの弟がどこかにいる事実を知ったのである。

 ――それこそが蘆屋道満であった。


(……あの男、蘆屋道満の存在は、晴明の天上の存在としての気質を失わせる最後の切っ掛け。あの男がいなければ――、兄師は誰よりも強く、誰よりも気高く――、俺の目指すべき存在としての気質を取り戻すこともあり得たはずなのだ……)


 ――しかし、もはや安倍晴明の心は、庶民に――下々に染まってしまった。自分が目標とする偉大な存在は消えてしまった。

 知恵を持ちながら愚かな選択しかしない――、眼の前のこの権力者藤(・)原(・)兼(・)家(・)のような、愚かな人間と同列に成り下がってしまった。

 そもそも、あの男――、蘆屋道満は安倍晴明と並ぶ霊威と叡智を示しながら、――感情にまかせて愚かな選択しかしない、庶(・)民(・)ど(・)も(・)に(・)す(・)ら(・)劣(・)る(・)愚(・)か(・)者(・)である。

 そんな存在を弟子として愛する安倍晴明の、その姿が賀茂光栄にとっては憎々しく写り、そして――、


 ――蘆(・)屋(・)道(・)満(・)は(・)明(・)確(・)な(・)憎(・)悪(・)の(・)対(・)象(・)であった。


(蘆屋道満。……もうそろそろお前は、お前の罪を清算すべきだ。そのためにこそこの愚かな兼家すら利用させてもらう)


 強引な手では安倍晴明は納得しない。彼が黙るほどの状況を作って、そして蘆屋道満をこの世から排除する。

 それこそが――、兄師・安倍晴明を本当の意味で尊敬し、愛する自分――、賀(・)茂(・)光(・)栄(・)の行うべき使命であるのだ。



◆◇◆



 ――かくして、来たるべき未来へと蘆屋道満と安倍晴明を導く、悪しき思惑と憎(・)悪(・)の(・)病(・)はその姿を表した。

 その思惑に翻弄されゆく二人は、それでもお(・)互(・)い(・)の(・)絆(・)を(・)最(・)後(・)の(・)最(・)後(・)ま(・)で(・)失(・)う(・)こ(・)と(・)は(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 二人はどのように抵抗し、そしてどのような未来へと向かうのか?

 この物語は、この章をもって道満と晴明の、その想いと絆の真実を語り――、未来へ続く一つの戦いへと繋がってゆくのである。

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