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静葉――生涯の主に出会うの事

「――はあ、なんで私はここにいるのでしょうかね……」


 その少女は暗い部屋の中でため息交じりにそう呟く。

 少女は――、都市の頃は十代前半……、それも十代になったばかりの子供に見える。髪はおかっぱで、前を切りそろえ――、髪に小さな髪飾りをつけた少女は、蜘蛛の絵柄の、肩を出し膝までの丈の着物を身に着けていた。


「はあ――、やっぱり外に出て来るべきではなかったですね」


 床に”の”の字を沢山書きながら座り込むその少女は暗い顔でそう呟く。その時、再びその部屋がゆっくりと揺れた。

 ――そう、今いるこの部屋は、とある船の船室の一つである。だから、海が荒れれば相当揺れるのだが――、


「とりあえず――、波が穏やかでよかったです。船酔いになったらシャレにならないですし」


 少女は再び深いため息をつく――。ここに閉じ込められてから、もはや数十回にも及ぶため息である。

 では――、なぜこのような少女が船に居て、そして閉じ込められているのか?

 それは今から五日前の、とある昼下がりに起こったことがきっかけであった。



◆◇◆



 揺れる船内に閉じ込められる五日前――、彼女はとある土蜘蛛の集落にいた。

 彼女は――、実はあの梨花の親戚筋……、そして静枝の妹にあたる人物であり、梨花の集落に身を寄せている現在は、梨花の母親の屋敷に引きこもって暮らしていた。

 そして――、今日もその娘……”静葉(しずは)”は部屋に引きこもって、とある流行作家の愛々《ラブラブ》小説を読みふけっていたのである。


「うふふ――、うふふ……」

「――静葉」

「――ふふ」


 部屋の外から梨花の母親が覗く。その時になっても静葉は構うことなく、愛々小説から目を離さずにい妖しい笑みを浮かべている。


「――静葉……」


 梨花の母親は部屋に入るなり、静葉の手から小説の冊子を取り上げる。その瞬間静葉は”ああ!!”と悲しげな声を上げた。


「何するんですか――お義理母(かあ)さん」

「なに――じゃないでしょ? いつまで引き籠っているつもりですか? ――って言うか、この冊子は何ですか?!」

「ああ――、セーメイ様とドーマン様の愛々小説――」

「――って、なんてものを読んでいるのですか!! 男同士でいかがわしい事を……」


 母親は頬を赤らめて叫ぶ。それを悲しい目で静葉は見た。


「――ええ~~……、いいじゃないですか~~。今の流行りですよ?」

「流行ってません!!」

「流行に疎い?」

「疎くない!!」


 母親に縋りつき、冊子を取り返そうとする静葉に、当の母親は怒り顔で言った。


「このまま引き籠って居たら……、頭に苔が生えますよ!! とりあえず――、今から貴方に仕事を言い渡します!!」

「いやです」


 そう言って静葉はふて寝を始める。それを怒り外で母親は蹴り飛ばした。


「痛いじゃないですか」

「痛くしてるんです――、取り合えず、取引先のある豪族に、商品である術具を送り届けてきてください」

「え~~、めんどくさい」


 はっきり嫌な顔をして寝転ぶ静葉。それを無理やり立たせて母親は言った。


「やらないなら――、即刻この家から出ていきなさい」

「む――、幼くか弱い少女を、冷たい世間に放り出すつもりか――」

「貴方がしっかり仕事をすれば冷たくありません」


 そのきっぱり言い切る母親に――、心底疲れた表情で静葉は頷いた。



◆◇◆



「――て、わけで……、北の海辺に居を構える屋敷を目指していた私ですが――、見事海賊に攫われて……術具も奪われたのでした――、まる」


 床に”の”の字を書き続ける静葉は、仕事を振った母親への悪態をつく。


「――って言うか、歩いて五日もかかる所に私一人で行けとか、何を考えてるんですかね? いくら私が役立たずの無能だからって……、ワザとか? ワザとだな?」


 静葉はそう言って地団駄を踏む。扉が外から強くたたかれた。


「うるさいぞ!! ガキ!!」

「――」


 静葉は黙ってふて寝する。

 確かに、自分は土蜘蛛集落一番の無能である。本来、術具制作と術使役に長けた種である土蜘蛛だが、彼女には欠片もその才能がなかった。

 彼女がその代わりに持つのは、人一倍好きな事には回る頭と、一度見たモノは完璧に記憶できる記憶力だけであった。

 術具制作と術使役が産業の中心である土蜘蛛の中では、それは当然のごとく無用の長物であり、まさしく周りから”なんでその程度も出来ないの?”と言われながら育ってきたのだ。

 梨花の母親は――、それでも差別的なことは言わなかった。でも――、


「最近ホントに冷たくなったよね――、梨花おねえちゃん静枝ねえさんが村からいなくなって」


 実は――、その母親が気にしているのは”静葉が引き籠り”である為で、二人の事は無関係なのだが、静葉はそれが原因ではないのかと勝手に解釈していた。


「るーるるるー。ああーわたしは籠の鳥~~、このまま干からびて死ぬ運命~~。るーるるるー」


 突然歌い出す静葉に、扉が再び外から叩かれた。


「クソガキ!! うるせえっつってんだろ!!」

「――」


 静葉は黙って寝ころんだまま部屋の天井を見た。


「むう――、海賊どもも……いくら私が子供だからって――。ちんちくりんだとか……、クソの役にも立たんから――部屋に閉じ込めておけとか……酷いよね」


 そう言って静葉は頬を膨らませる。


「別に期待してたわけじゃないけど――、普通女の子を攫ったら……なんかあるでしょうよ。っていうか――本当に干からびたらどうしよう」


 静葉は深くため息をついてその場をごろごろ転がった。


 ドン!!


 不意に部屋の外から何かの音が響いた。


「?」


 音を聞いて首をかしげる静葉は、起き上がって部屋の扉へと向かった。すると――、


 ドン!!


 凄まじい音とともに、部屋の扉が部屋の内部に向かって吹き飛んだのである。思いっきり巻き込まれる静葉。


「ち――、やるなコイツ……」


 部屋の中に躍り込んできた人物が悪態をつく。その足元には頭にたんこぶを造った静葉が横たわっていた。


「――ん?」


 ふにゅ――。


 その人物――、蘆屋道満が床に倒れる静葉の頭を踏む。


「ひどい――」

「おわ!! 何だお前?!」


 慌てて足を退ける道満に、静葉は泣きながら訴えた。


「何考えてんの!! いきなり扉吹き飛ばすとか!! 死んだらどうする!!」

「――ああ、ええと、すまん?」

「疑問系で謝るな!!」


 そう叫ぶ静葉を――、一瞬見つめた道満は、いきなり静葉を抱きかかえて走り始めた。


「わわわ――、何を?! 人さらい? 幼女趣味ですか?!」

「違うわ!! ――危ないんだよ!!」

「え?!」


 次の瞬間、さっきまで静葉が閉じ込められていた部屋が紅蓮の炎に包まれたのである。


「え――、あ」

「来るぞ――」


 ドン!!


 不意に道満が、不可視の何かに殴られて吹き飛ぶ。静葉は道満の腕から放りだされ床に転がった。


「う? 何?」

「クソ――」


 静葉は疑問を口に出し、道満は悪態をつく。それもそのハズ――、


「隠形術――、まさか拙僧(おれ)の霊視で見抜けんほどとは……」

「隠形術? 天狗道? 仙道?」


 その静葉の言葉に、道満は一瞬不思議なものを見る目を向けるが――、


「また来る――」


 道満の叫びに、一瞬前方の空気が揺らめいて、その次に衝撃波が来る。


 ドン!!


「うお!!」「きゃあ!!」


 二人は綺麗に吹き飛んで転がった。


「痛い――、なんなんです? コレ――」

拙僧(おれ)の方が聞きたいわ」


 転がったまま悪態をつく二人に向かって、何かが近づく足音が聞こえてきた。

 その瞬間、静葉ははっとした顔をして叫んだ。


「――これは……、仙道――隠形丹の効果? この形式のは確か――」

「ん?」


 不意に、難解な仙丹術を語り始める静葉に、道満は不信な目を向ける。


「お前は――、一体」

「いや――、昔読んだ本に書いてあったのを覚えてて……。あの形式の隠形仙丹は――、色彩を乱せば効果を失います」

「ほう――」


 その静葉の言葉に、笑って頷いた道満は、腰から薬包を取り出して口に含んでから――、印を結んで思いっきり吹いたのである。

 その瞬間、道満口より極彩色の煙が発生する。そして――、


「あ――、見つけた」

「そこか!!」


 煙の中心に人型のナニカが立っているのが見えた。道満はそれに向かって呪符を放つ。


 ドン!!


 衝撃波と爆炎がとどろき――、その人型はその場に倒れ伏したのである。


「よし!!」


 道満が笑って静葉に顔を向ける。


「お前――、誰かはいまいちわからんが、なかなかやるな……」

「え――、褒められた? はは……そんな馬鹿な」

「馬鹿じゃねえよ――、相当記憶がいいんだな? お前」


 そういう道満に、静葉は苦笑いして――。


 ヒュ――!


 不意に何処からか矢が飛んでくる。それを静葉は気づいていたが……、笑う道満は気づいておらず――。


「危ない――!!」


 とっさに静葉は道満を突き飛ばした。そして――、その矢は見事に静葉の腹に命中した。


(――ああ、馬鹿な事――、いくら褒められたからって……、見知らぬ男を救うために――)


 静葉は心の中でそう思いながら倒れる。その耳に道満の叫び声が聞こえた。


(でも――よかった……。彼は無事だ――、本当に……よかった)


 倒れて血を大量に流す静葉は――、死を理解して目をつぶる。つまらない人生ではあったけど――、最後に自分を評価してくれる人に出会えた事は、幸運だったのだろうと納得した。

 死の闇は静葉の意識を掬い取り――、一瞬にして意識を奪う。今はただ――、自分を褒めてくれた男の無事を祈った。



◆◇◆



「――というわけで、私は一匹の蜘蛛になったのです」

「は? 何を言ってるの? 脈絡のない――」


 静葉のその言葉に、梨花があきれ顔で答えた。


「――道満様と一緒に平安京に来たのも驚いたけど……、なんなのその姿? 蜘蛛?」

「はい――、今の私は蜘蛛です」


 静葉の言葉に、梨花は困惑の表情で道満を見た。


「はは――、死にかけだったんで、とりあえず拙僧(おれ)の鬼神使役法で、一時的に”疑似式神”に変えたのだ。傷が治れば元の姿にも戻れる」

「それは良かった――、一生この蜘蛛のままかと」

「ははは――、その方がよかったか?」

「馬鹿を言うなよこの野郎――」


 道満のその言葉に、小さな蜘蛛は足をばたつかせて抗議した。

 梨花は――、自分の義理の妹の、その元気さに驚くとともに――、少し”羨ましいな”と思いながらため息をついた。

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