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第四十五話 梨花は勇気をもって戦い、牟妙法師はその目的を明らかにする

 月が静かに輝く夜、源満仲の屋敷は死者の群れに包囲され、その静けさは阿鼻叫喚にとって代わっていた。

 蘆屋道満が門前にて倒れる少し前、屋敷の中では源満仲と梨花が死者の襲撃に立ち向かっていた。


「土蜘蛛――、お前は後ろに下がれ!」


 源満仲の声にもかかわらず、梨花は一歩も退かない。彼女の目には恐怖ではなく、強い決意が宿っていた。


「私も戦います満仲様。私は逃げるわけにはいきません!」


 梨花の声は固く、その手に握られた短刀は彼女の意志を反映しているかのように輝いていた。

 その姿に満仲は一瞬驚きの表情を作るが、すぐに笑って梨花の傍によってその手の刀を死人の群れへと向けたのである。


「勇気ある娘よ――、いや梨花……。ならば我が背を守ってくれるか?」

「――!」


 そう言って優しく微笑む満仲に、梨花は一瞬眼を大きく開いた後、何度も頷いたのである。

 そうして、二人は背中合わせに立ち、迫り来る死者の群れに立ち向かう事となった。


 戦いは激しく、梨花と満仲は手を尽くして死者たちを退けてゆく。しかし、その圧倒的な数の前に、二人は徐々に追い詰められていった。そして――、


「満仲様!」


 その時、梨花の叫びが夜空に響く。源満仲は無数の死者による猛攻を防ぎきれず、その腕を食いつかれ手に持っていた刀を取り落としていた。

 

「――く、やはり全盛期のようにはゆかんか」


 満仲は肉を食いちぎられた腕を押さえて膝をつく。梨花は彼を守るために、死者の群れと彼の間に割って入った。


「私が守りますから、お下がりを!」

「いかん梨花――、わしのような老いぼれのために無理をするでない!」

「――大丈夫です!」


 死者たちが迫る中、梨花は一人、満仲を守るべく戦い続ける。彼女の短刀はもはや血糊で輝きを失い、鋭さを失っていたが――、それでも梨花は死者たちを一人また一人と倒していく。

 その薄汚れた姿は――、見ようによっては無様であったが……、満仲は無論、誰もその必死さを嘲笑できるものではなかった。


(私はあきらめない! 諦めるもんか!!)


 梨花の心の中にはかつての友人――静枝の姿がある。その命を救えなかった後悔が、その弱々しい身体に無限の勇気となけなしの力を与えていた。


(私は生き残る――、そしてもう誰にも悲しい涙を流させない――。そして、静枝の無念を晴らす――、地を這いずってでも……)


 その決意は、梨花の恐怖に震える脚を――それでもしっかりと支える。その身に傷がつき――、血を流し――、ボロボロになっても。


「はあ……はあ」


 しかし、それに対する死人の数は尽きることがなく、梨花の体力も徐々に限界に近づいていく。

 荒い息を吐き、顔を歪ませ――、梨花は疲労と傷でよろよろと身を揺らす。


「――く、情けない……」


 出血と疲労で青い顔をする満仲は――、梨花を守ることが出来ない自分に悪態をついた。


(――ああ、もう――)


 そして、ついに梨花の心にも絶望が生まれ始める。もはや腕は動かず――、足の支えも風前の灯であった。


 ――と、その時、


「退け、亡者ども!」


 雷のような声と共に、何者かが梨花と満仲のいる部屋に躍り込んでくる。それは――、


「――あ」


 梨花はただ一言を吐いてその場に跪く。それを踊り込んできた者の一人が支えた。


「――遅れて申し訳ない……」


 それは源頼光その人であった。

 彼と共に現れた頼光四天王はその天下無双の力によって、群がる死人を切り伏せてゆく。

 彼らの勇ましく――そして美しい姿を見て、梨花はやっと笑顔を取り戻した。


「君の勇気には感服した。――遅くなって申し訳ない」


 頼光は彼女の側に膝をつき深い感謝の意を示す。それを聞いて、梨花の目から涙がこぼれ落ちた。

 頼光は、その梨花の美しい涙を見て、かつての自分の考え方を思う――。


「父上? ――私は間違っていたのでしょうか?」


 その頼光が呟く言葉に、満仲は笑って答える。


「――いや、わしの教育が歪んでおったのだ。ただ強くあれと想って施した試練が――な」

「父上――」


 頼光は梨花の肩を抱きながら――小さく笑って彼女に言う。


「君は我々に大切なことを教えてくれた。見た目や生まれではなく、心を見ることの大切さをな――」


 その言葉に梨花は微笑み、その瞳は再び希望で輝き始めた。

 死人の群れが跋扈する地獄において――、その希望だけが美しく輝き、戦う彼らの行く先を照らしていた。



◆◇◆



「貴方は――、牟妙法師……ですか?」

「ほほ――、我が名ヲ知っておいデで?」


 晴明のその言葉に、牟妙法師は嬉しそうに笑う。


「ええ……、最近貴族方の加持祈祷を行っている、藤原満成様の客人――ですね?」

「その通りでス――、よくゴ存じで」


 楽しげに笑う牟妙法師に晴明は問いを放つ。


「――貴方の真の目的は何ですか?」

「それハ――、どいういウ意味ですかな?」


 晴明の問いに、小さく首をかしげて牟妙法師が答える。晴明は少し考えた後言葉を発した。


「――今回のこの襲撃は……、おそらく捕縛された藤原満忠を救うため……ですよね?」

「ほ――、さすが晴明殿、それヲ見抜いていたカ」

「でも――、この状況はそれだけのために生み出したものではない。――違いますか?」


 牟妙法師は満面の笑みを浮かべて晴明を見る。


「無論、この襲撃ハ弟子である満忠を救うたメですとも。そして――」


 牟妙法師が歯を見せて笑い――、その口から闇色の妖気が吹き上がり始める。


「――この状況ガ”私にとって意味のあるもの”であルことも事実ですとも」

「やはり――」


 晴明は感情のこもらない視線を牟妙法師に向ける。それを全身に闇を纏う牟妙法師が見つめ返す。


「ただ――、正しく言えバ、明確に”意味がアる”というわけでモないのです」

「――」

「この襲撃――、状況の私にとっテの意味とは……」


 牟妙法師の次の言葉に――、晴明は目を細めて頷くことになった。


「――死……、そして怨――、嘆き悲しミ、怒り、絶望、恐怖、――そしてそこカらすら生まれうる希望……。ヒトのココロ――、その情を喰らウのが我が真の目的」

「貴方の名前は?」

「我が名は――、死怨院牟妙。死怨院呪殺道……そノ研究と発展こそがワが生涯の使命――」


 その時になってやっと安倍晴明は、その場に漂う闇の正体に行き着く。


(――人の感情……、正も負もすべからく闇に取り込まれて――、あの牟妙法師の身に収束している……)


 それは晴明をしてにわかに信じられない光景であり――。


「――貴方は……、人の激情を力として取り込めるのですか」

「ふふふ――、まサしくその通り。これぞ――我が死怨院呪殺道の秘術」


 ――死怨奉呪(しおんほうじゅ)――。


「正も負も――激しい感情は我が力として我が身に収束し――」


 すべからく――我が力となる。


 その瞬間――、まさしく”人の世の絶望そのもの”が、その邪悪な微笑みを晴明に向かって見せたのである。

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