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第三話 光栄は嘲笑し、鬼神は闇に怒る

「――申し訳ありません晴明様……、それは確かに本当の話です」


 安倍晴明邸宅前にて、若い武者がそう言って申し訳なさそうに晴明に語る。


「むう――、それで……、いまだ犠牲者は増えていると?」

「はい……」


 晴明は眉根を寄せて考え込む。――なぜなら……。


(ふむ――道満は確かに、鬼神を退治したと言った……。しかし、いまだ犠牲者が増えていると?)


 そう――、貴族を狙った吸血による殺害……、その首謀者を退治したはずが、同じ手口の殺害がいまだ続いているのである。

 無論、それを調べるために派遣された兵――”検非違使”や……陰陽師が犠牲になってもいる。

 これはいったい何と――?


「失礼ではありますが――、その……貴方のお弟子さんとは話が出来ないでしょうか?」


 武者はそう言って晴明に真剣な目を向ける。晴明は困った表情で答えた。


「今、道満は寝ておる――、起こしてきてもよいが……」


 そんな事をすれば道満はへそを曲げて何も語らなくなるだろう。晴明は今までの経験で十分理解していた。


「起こして来てもらってよろしいか?」


 当然こうなるだろう――、晴明は小さくため息をついた。

 目の前の武者は――、はっきり言って融通が利かないことで有名である。

 その名を源頼光(みなもとのよりみつ)――、かの平安京最強武装集団”清和源氏武士団”の三代目となる若君なのだ。

 その父である源満仲(みなもとのみつなか)は酒飲み友達ではあるが――、だからこそその息子の気性はよく知っている。


「あとで――お宅に道満を向かわせるのでは――ダメですかね?」

「なるべく早くお話をしたいのですが?」


 ――うん、そうだよね。そう来るよね君なら。

 晴明がそう言って困った表情をしていると――、よく聞く声が耳に届いてくる。


「晴明よ――、弟子のへまを隠そうというのか?」

「あ――、これは……」


 さらに困ったことになったと、苦笑いを浮かべる晴明。

 今晴明に声をかけたのは……当然、


「なんともやってくれたな? 晴明――、出来の悪い弟子に仕事を丸投げした挙句に――このザマだとは……」

「これは――、光栄どの……」


 晴明に向かって嘲笑と侮蔑を浮かべた表情をするのは、まさしく自身の師である賀茂保憲(かものやすのり)の息子――、賀茂光栄(かものみつよし)であった。

 彼は晴明にとっては弟弟子に当たる人物だが――、何かと晴明を目の敵にして、いろいろ裏で晴明の悪い噂を広めている者でもある。

 ――なんとも嫌な場面に嫌な人物が――と、晴明は困った表情で頭を掻いた。


「もしや――その弟子とやらは……女鬼に魅入られて――、それを見逃したわけではあるまいな?」

「それは――」


 ――と、不意に晴明の屋敷の奥から足音がする。


「そんな事はありえんな――」

「む……」


 屋敷の奥から誰あろう道満本人が現れ――、そしてそれを源頼光が目を細めて見つめた。


「貴方が?」

「ああ――拙僧(おれ)が蘆屋道満だ……」

「そうですか――」


 頼光はいたって冷静な表情で道満の頭から足を眺める。その目を道満はただ黙って見つめ返した。


「鬼神を退治したというのは?」

「確かだ――、死体もとりあえずは保管してある……、拙僧(おれ)の術式の中ではあるが――」

「保管されていたので?」

「当然だ――、妙な因縁をつけられても困るからな――」


 頼光の質問にすらすらと答える道満は、その口角を上げて笑いながら光栄を睨みつけた。

 光栄は嘲笑を崩さず答える。


「ふん――、それが本当の首謀者なら……なぜ、いまだ犠牲者は増えておるのだ?!」

「知らんな――、拙僧(おれ)は師に言われたとおりに鬼神を退治した……。それからあとは関係ない話だ……」

「関係ないだと?! 犠牲者をも愚弄するつもりか?!」


 光栄はそう言って道満に怒りの目を向ける。道満はそれをつまらないものを見る目で見ながら笑った。


「はは――愚弄ね……、そもそもなぜ前の犠牲者と――、そして今回の犠牲者が同じ、首謀者によるものだと断言するのだ?」

「む?」


 その道満の言葉ににこやかに笑って補足する晴明。


「確かに道満は鬼神を退治してはいます――。ならばその後の犠牲者は、別の鬼神によるものだと考えられるのでは?」

「ははは――何を苦しい言い訳を……見苦しい」

「見苦しいも何も――、なぜ我が弟子の言葉を、頭ごなしに否定なさるので?」

「それは――」


 晴明の言葉に口ごもる光栄。道満はそれに追い打ちをかける。


「貴様は……これまでの犠牲者を出した鬼神が”女鬼”だと知っていた。それは貴様の得意な占術だとかで調べた結果であろう? ならば、それ以降の犠牲者が何者によるものかもわかるハズではないか!」

「ち――」


 道満の言葉に光栄は顔を歪ませる。さらに道満は続ける。


「少なくとも――拙僧(おれ)は……、貴様らが事件が解決していないと言うなら、何度でも出向いてやるさ――」

「もう一度鬼神退治をすると?」

「当然だ――、ここまで疑われて黙っていられるか」


 光栄は目を細めて何かを思案する――、そして……、


「ならば次は――、晴明、貴様が弟子の監督をするのだな……。そうでなけれは貴様の弟子への疑いは無くならぬと思え……」

「はいはい――当然、理解しておりますとも」


 晴明はにこやかに光栄に応じた。

 かくして――再び、連続吸血殺害事件の捜査は再開される。


 ――その先に道満にとっての一つの運命が待つ。



◆◇◆



「まずい――、なんてマズい血だ……。こんなものを喜んで飲む気が知れぬ……」


 闇夜のとある屋敷にて――、麗しい姫君の喉に食いつく男があった。

 その瞳は憎悪に輝き――、その全身からあまりに巨大な妖気を放出している。


「ああ――、早く来い……仇よ――、早く我に気づけ……」


 その男には血を飲む趣味はない。だが――それをせねば、奴らは気づかぬだろう。

 憎悪――、それこそが彼が犠牲者の血を飲む理由――。

 優しかったあの……――、その仇を討つのが自分の使命だと……そう信じて。


「はあ――、今宵も来ぬのか? ならば――、死体はさらに増えよう……」


 闇の中でらんらんと輝く目が笑う。


「すべては貴様のせいだ――、この我をここまでさせたのだからな……」


 その男は今宵の犠牲者の衣をはぎ……、それを身に纏う――。

 そして、闇に向かって小さく吠え声をあげた。


 ――ああ、ここまでの憎悪を抱いて――。

 父上――、私には彼を止める手立てはありません。

 彼の想いは――、茨木童子(いばらきどうじ)の想いは――、


 ――おそらく、誰にも止める権利はない。

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