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第四十二話 満成は満顕に切られ、源満仲は友の策謀に笑う

 その夜、藤原満成の屋敷にて、男の怒鳴り声が響いていた。


「父上! これはどういう事です!! 満忠が――拘束されたと……」

「落ち着け満顕。とりあえず源満仲が――、満忠を”保護して”いるという事だ」


 その父の言葉に怒りの表情を濃くする満顕。


「悠長なことを――、そのような話、建前であると……」

「無論わかっているとも――。かの安倍晴明の策である事は明白だ」


 安倍晴明の策とは――、

 要するに、藤原兼家による妨害で捜査の手を塞がれている満成――、そして満忠の各所にある屋敷を、”逃走中の蘆屋道満が逃げ込んだ”という名目で強制的に手を入れてしまうという事であり――、


「ち――、晴明も考えたものだ。これでは兼家様も文句は言えない――。自分の命令通りに捜査活動をしているだけだからな」

「それで……満忠は――」

「検非違使たちが蘆屋道満を確保する際、その満忠の屋敷内に入り――、屋敷の地下に発見された空洞施設に関して話を聞かれておる様子だ」


 その言葉に苦々しい表情を浮かべる満顕。満成は顔を歪ませて話を続ける。


「検非違使――、そしてそれに強い発言権を持つ源満仲――。あの男は蘆屋道満と土蜘蛛娘を、”捜査のために話を聞く”という名目で自身の屋敷に匿っているらしい」

「兼家様は?!」

「奴らが命令通り動いている以上――、無理なことも出来ずに……。――なんとも使えぬ話だ……」


 そう言って悔しそうに唇をかむ父に、満顕は怒りの表情で叫ぶ。


「――父上! 満忠を救う方法はないのですか?! こうなったら俺は――」

「まて――早まるでない……。下手に動けば――」

「――父上の出世の害になると?」


 そういって満顕は自分の父に冷たい視線を送る。それには明確な侮蔑が見て取れた。


「満顕――」

「父上――、申し訳ないが……、あの高倉すら行方不明になって、もはやこちらの破滅は目前なのです。身の破滅を悠長に待っているほど俺は馬鹿ではないのですよ」

「お前――この私を……」


 その息子の言葉に怒りをあらわにする満成。それを冷たい目で見下ろしながら満顕は答えた。


「――かの牟妙法師とは話がついております。アレと共に満忠を救いにまいります」

「ま――まて……!!」

「父上には申し訳ないが――待たぬ」


 満成は慌てて立ち上がって満顕に縋りつこうとする。しかし――、


「邪魔です――」


 ザク!!


「が?」


 その満顕の手にした刀が――、満成の腹に突き刺さっていた。


「父上――、これまで育てていただき…ありがたいことです。しかし――、これ以上は俺にとって貴方は不要です」

「なん――と……」

「俺にとっては満忠こそすべて――。そう――、弟こそが全てなのですよ」


 そう言って、冷たい目でその場に崩れ落ちる父を見下ろす満顕。こうして――、出世を望んで息子たちの悪事をもみ消していた男は、その息子の手によって息絶える事となったのである。



◆◇◆



「いや――、苦労をかけましたね道満」

「ふん――、まあいいさ、いつもの事ではあるし――な」


 そう言って満仲の屋敷の一室で晴明と道満は笑いあう。それを嬉しそうに眺めているのは、梨花と源満仲である。


「はは――、いや晴明の考えることも大胆だな……。これではかの兼家公も文句をさしはさむことは出来まい」

「ええ、あの連中――、満成の策謀を逆に利用させていただきました。道満を確保するという名目で検非違使を動かせば、兼家様の妨害を受けることなく彼らの屋敷を捜索し、そして明確な証拠を確保できますからね」

「ふふ――まさにしてやったりだな。まさか、あの阿保――満成も自分の策が自分の首を絞めるとは、夢にも思わなかったろうな」


 そう言って酒を片手に大笑いする源満仲。


「あとは――、尋問中の満忠から証拠をとり……、そのまま満成の屋敷の強制捜査に入れば――」

「ええ……、これで奴らも詰みですね」

「明確な証拠が提示されれば、兼家公ももはや彼らを見限って切り捨てるだろう。あの人はそういう人だからな――」

「そうですね」


 その二人の会話を、少し暗い顔で見つめる道満。それを見て梨花は言った。


「どうしました? もう心配することはないと――」

「結局、兼家は――」

「ああ――、その事ですか」


 兼家は明確に満成の側に立って、こちらを追い詰めようとしていた。それがこのまま咎めも受けず支配者として君臨することに、道満は不満を感じていたのだ。


「――結局、あの兼家は……、自身の権力しか――」

「道満――」


 不意に道満に晴明が声をかける。


「貴方の不満も理解できます。しかし、かの者の権力は平安京の、平穏を維持するためには必要なものなのです」

「そのような話――。師は……あの男を必要悪だと言うのか?」

「貴族とはああいうモノ……、――仕方がないのですよ。我々も、その事を承知したうえで備えを持てばよい話です」


 その晴明の言葉に納得のいかない表情をする道満であったが、何より師である晴明の言葉故に、今は兼家への不満を噤むことにした。


「それより――、これから満成はどうするだろうな?」


 そう言って晴明に語り掛けるのは満仲である。


「何もできないでしょう? こうなた以上、無茶な事は出来ない筈です」

「うむ――ソレだといいのだが」

「――」


 満仲の心配そうな顔に、晴明も少し考え始める。


「まあ――、この屋敷にいる間は特に危険はないでしょうが――。少々、占いでもしてみますかな」


 そう言って晴明は立ち上がって、その部屋を後にした。そこには道満と梨花が残った。


「――満仲様」

「なんだ? 蘆屋道満」

「梨花の事は――」


 少し不安そうにそう満仲に告げる道満。その言葉に満仲は笑って答えた。


「ああ――その娘の事なら晴明から聞いているぞ? 土蜘蛛ではあるが、自分が従えている式神の一柱だそうだな」

「む――」


 その満仲の言葉に、道満は少し顔を引きつらせて頷いた。


「そうですか――、師から聞いたのですな?」

「ああ――そうだが? それが?」

「いいえ? それなら良いのです」


 道満は内心焦りながら頭を下げる。


(なるほど――、普通に土蜘蛛を匿っているとは言えないから……。自分の式神であると嘘をついたのか)


 道満は少しため息をつきながら梨花を見た。それを不思議なものを見る目で見つめる梨花。


「どうしました? 道満様?」

「いや――何でもない」


 そう言って道満は梨花に優しく笑いかけたのであった。



◆◇◆



 ――さテ……宴を始めまシょうかな――

 今宵の宴は楽しいデすぞ?

 今宵の宴ハ死者の宴――

 その恨みつらみハ果てしなく――、その悲しミ嘆きは底が見えズ――、


 さあ行きましょウか――、高倉恒浩殿も――

 宴の舞台は源満仲の屋敷でスぞ?


 この私に多くノ心の動きを見せてクだされ――

 それこそが我ガ呪の糧なれば――、


 ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ――


 これこそは、死――、怨――、それらを奉ずる、大呪なり――

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