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第四十一話 梨花は悪事の証を手に入れ、道満は絶命に向かって追い詰められる

 屋敷の前で蘆屋道満が高倉恒浩と戦っていたそのころ、梨花はその屋敷の中を慎重に進んでいた。

 満忠の悪事の証拠を見つけるために、見つけた部屋を片っ端から調べて回る梨花であったが、やがて彼女は地下へと続く隠し階段を発見したのである。


「――この先に……」


 梨花はその妖しさに、確かな確信を得てその階段を降りていく。――その先にその地下空洞は存在した。


「あ――」


 その地下空洞には木製の棚がいくつも並び、そこに沢山の巻子本(かんすぼん)冊子(さっし)が置かれてあったのである。

 薄暗い屋敷の地下空洞で、梨花は息を潜めながら壁にかけられた棚をの書物を調べていく。彼女の指先は、一つ一つの文章を丁寧になぞり、その内容を急いで目に焼き付けていった。


「東方地域における疫病の研究?」


 やがて、彼女の手が一冊の巻子本に触れた。その本には、真新しい満忠の文字が書かれ――、ごく最近行われている非道な人体実験の詳細が書かれていたのである。


(――家を持たない浮浪者を食べ物を餌に招き入れて――、疫病の試料を感染させて……)


 梨花の瞳は、その記録を追うごとに大きく見開かれ、その震える手はその巻物をきつく握りしめた。そこに書かれていたものは、人を人と思わないあまりに残酷な行為の数々であった。


「これがあれば――」


 梨花はその巻子本を胸に抱え、地下空洞を出るために足早に階段を上がり始めた。しかし、階段最上部に差し掛かった瞬間、彼女の前に黒い影が立ちはだかったのである。


「どこへ行くのかな? お嬢さん?」

「あ――」


 そこには薄ら寒い冷笑を顔に浮かべた藤原満忠が立っていたのである。

 その姿を見た梨花は顔を引きつらせて階段を後退る。その怯えた表情を楽しげに眺める満忠は、その彼女が腕に巻子本を抱えている事実に気づいた。


「それをどうするつもりですか?」

「――く」

「はは――、ダメですよ? 盗みなんていけないことだ――」


 自分の事を棚に上げてそう言う満忠に、梨花は怒りの表情を作って答えた。


「貴方がしてきたことを――世間に公表するのよ! そうすれば貴方は断罪されるわ!」

「ははは――、断罪とは罪あるものを裁くことですよ? 私がなぜ断罪されなければならないのですか?」

「は? 貴方が何をしているか――、自分で理解しているの?」


 その梨花の言葉に冷笑を強くして満忠は答えた。


「下賤の者を実験材料に、偉大な技術の発展を行っているのですよ――。生きる価値のないカスの命で、守るべき者達の命を助ける技術が手に入るのですから――、いい行いじゃないですか?」

「貴方――本気でいってるの?」

「無論、本気だとも。――君たちのような妖魔とかも、いい実験材料ですよね――」

「く――」


 その言い草にさすがの梨花も頭にくる。怒りのままに階段を上って、その片手で満忠の襟首を掴んだ。


「――この外道!」

「ははは――、乱暴ですね? さすがは妖魔――、頭の足りない畜生と同じですね」


 そのにやけた顔に、さすがに頭に来た梨花は拳を握って殴ろうとした。しかし――、


「あ――」


 ドン!


 不意に梨花の天地がひっくり返ってその場に倒れる。しかし、腕に抱えた巻子本は落とさずに済んだ。

 いきなりの事に困惑しつつ立ち上がろうとする梨花に、満忠は冷笑を顔に張り付け、見下ろしつつ言葉を発した。


「――でも、まあ……、それを持っていかれると、いろいろ不味い事は確かではあるな。だから――」

「う?」

「君にはここで死んでもらおうか――」


 満忠の人もが妖しく光る。いつの間にかその手には呪符が握られていた。


「急々如律令」


 その短呪と共に符が輝き炎へと変わる。


「く――!」


 その瞬間、梨花は床を転がって、満忠の背後へと回り込んだ。


「ちょっと、逃げないでください――」


 炎を手にした満忠が、梨花を目で追いつつその手の炎を投擲する。――木製の床に爆発が広がった。


「くあ!」


 その爆発に巻き込まれ梨花は吹き飛ぶ。しかし――、


「――今は……」


 そのまま少し転がった梨花は、転がりながら体勢を立て直し、そして一気に立ち上がった。そのまま屋敷の入口へ向かって一目散に走る。


「こら――、逃げないで……」


 さすがの満忠もこれには顔を歪ませて追いかける。その満忠に向かって何かが飛んだ。


「? 呪符?!」

「急々如律令!」


 梨花はそう唱えて投擲した符を起動する。呪符は石の槍となって満忠へと飛翔した。


「く――!」


 それを寸でのところでかわした満忠だが――、


「さらに――、急々如律令!」

「え?」


 不意に満忠の足元に巨大な岩が現れる。それに躓いた満忠は見事にその場に転がる。


「あ――ぐ……」

「ははは――、ザマ~~!」


 梨花は嬉しそうにそう叫んで走る。もはや屋敷の出口は目前であった。


「――私を、馬鹿にして――」


 怒りの表情を浮かべる満忠が剣印を結んで呪を唱えた。


「縛り給え――、縛り給え――、ナウマクサマンダバザラダンカン!」

「え――」


 その瞬間、梨花の動きが止まる。梨花はその身を全く動かせなくなって顔を青くした。


「ふん――、妖魔風情が――私を馬鹿にするなよ?」


(――嘘……、全く動けないうえに、言葉もしゃべれない?! これって不動縛呪?!)


 それは不動明王の霊威を使った縛呪である。


「さて――、そこで待っていてください。このままゆっくりと――」


 そう言って満忠は梨花に向かって歩いてくる。そのまま――、


(――道満様……、ごめん――私)


 ――と、不意に梨花がニヤリと笑う。


「――なんて、昔なら諦めてたけど――」

「?! 貴様――喋れ……」

「妖縛糸!!」


 不意に梨花の周囲に蜘蛛糸が放出され放射状に広がっていく。その糸に足を取られた満忠はその場に転がった。


「――私だって晴明様に陰陽道を教えてもらったんだ! いつまでも弱いままじゃない!!」


 梨花は自力で不動縛呪を振りほどいて、再び屋敷の入口へと走りだしたのである。――と、その時、


「そこまでだよ――、土蜘蛛のお嬢さん」


 不意に梨花に対し声がかけられる。それは屋敷の入り口からであり。


「え? ――あ」


 そこには――、検非違使の装束を着た一人の男が立っていたのである。



◆◇◆



 屋敷内で梨花と満忠が追いかけっこをする少し前――、屋敷の前にて。


「――」


 道満は苦々しい顔をしつつ周囲を見回していた。


「蘆屋道満――、やっと追い詰めたぞ」


 その時、道満は検非違使の集団に周囲を包囲されていた。無論、それだけであるなら、ここまで苦々しい顔はしない。


「また――、妙なことになっておるようで……」


 そう言って笑うのは源頼光である。


「頼光――、それに頼光四天王まで……。拙僧(おれ)を捕らえに来たのか?」

「その通りです――、父上の命によって……”悪人”を捕縛に参りました」

「く――」


 この事態に至ってさすがの道満も諦めの感情が心に宿り始める。いくらかつて倒した頼光と頼光四天王とはいえ――、


(検非違使ども――、そして勢揃いの頼光達に……、この拙僧(おれ)一人で立ち向かえるわけがない――。逃げようとしても――、当然逃がしてはくれまい)


 まさしく絶体絶命――、もはや策を弄したところでどうにかなるものではなかった。


「頼光、お前なぜここに拙僧(おれ)がいるとわかった――」

「それは――、貴方が一番理解しておられるのでは?」

「何?」


 その時、不意に何かを道満は悟った。


「――拙僧(おれ)の探査妨害を越えられるのは――。そうか……」


 道満はそう呟いた後、大きくため息をついた。


「よかろう――、拙僧(おれ)はもはやここまでのようだ……。捕縛なりなんなりするがいい」

「そうですか……、おとなしくしたがってくれるのなら、それに越したことはありません」

「――梨花は……」


 不意に道満が頼光を見つめる。頼光は頷いて答えた。


「その梨花という土蜘蛛は、この屋敷の中にいるのですね?」

「その通りだ――」

「わかりました」


 頼光はそばに居る荒太郎に命令する。


「土蜘蛛を確保して来てください」

「了解した」


 そのまま荒太郎は道満を横目にチラリと見てから屋敷へと入って行ったのである。

 それを見送りつつ頼光は周囲の検非違使達に宣言する。


「予定通り蘆屋道満及び土蜘蛛は確保いたしました――」


 その頼光の言葉に坂上季猛は頷いていった。


「では――、彼らを――」

「はい……、これより彼らを我が屋敷へと護送いたします」


 その言葉に検非違使達は、一斉に頼光に向かって首を垂れたのである。

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