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第三十三話 晴明は羅城門に暴風雨を呼び、道満は静枝を生かすべく戦う

 その時、晴明は自身の屋敷内で護摩を焚き祈祷を繰り返していた。しかし、その知覚はその場にはなく――はるか遠く燃える羅城門を視ている。


(――始まりましたか。ここまでは占術の示す通り――、ならば――)


 ただ意識を集中して祈祷を続ける晴明。

 ここまでの運命は変えることは出来ない。――それはすでに占術で示されている。


(だからこそそのうえで事態を覆す――、それこそが事態を先読みできる自分たちのすべきこと)


 祈祷を続ける晴明の屋敷の屋根に、ポツリと小さな雨が落ちる。

 天は急速にかき曇り――、嵐が来ようとしていた。



◆◇◆



「お前たちは――」


 困惑する兼家を睨みながらその手に小さな刃を握る静枝。それを見て――、さすがに何かを察して兼家は怯えた表情を向けた。


「貴様――、どこの者だ?! まさか――亡き兄上の――?」

「――しらんな」


 焦る兼家に――、静枝は黙って刃を振り上げる。燃える羅城門に兼家の悲鳴が響いた。

 ――と、


「そこまでだ静枝――」


 兼家の背後に何者かが立つ。それを兼家は振り返り――、安堵の表情を向けた。


「お前は――蘆屋道満? 安倍晴明の弟子の?」

「――お逃げなされ……兼家様」

「ありがたい!!」


 兼家はそそくさと道満の背後に隠れ――、その場を去ろうとする。それを静枝の仲間たちが慌てて止めようとする。


「――悪いな」


 ――と、兼家に近づこうとする土蜘蛛たちがいきなり宙を舞う。凄まじい暴風が道満――そして静枝たち土蜘蛛と、兼家を隔てる壁になっていた。

 その場に立っているのは静枝と――そして道満だけになる。


「貴様――邪魔を……」

「当然だ――それが梨花の望みだからな」

「――」


 その言葉に静枝は苦しそうな顔をする。


「お前の事情は聴いている――、だから復讐を辞めろ……とは言わん」

「何?」

「――あくまで拙僧(おれ)の意見ではあるが――、間違った目標を仇にしても意味はあるまい? そのような無駄なことはやめろ」

「――知った風な口を」


 道満の物言いに静枝は怒りで顔を歪ませる。その表情を受け止めて――道満は言う。


「仇を討ちたいのなら――自暴自棄になるな。お前は今憎悪で目がくらんでいるのだ――」

「は――」


 その道満の言葉に静枝は小さく笑った。


「――だったらどうした!! 私にはもはや関係のない話だ!!」


 燃え盛る怒りのままにその手の刃を道満に向けて投げる――、そして――、


 ドン!!


 突然発生した衝撃波に、道満は身をよろけさせる。前方――静枝がいたところに、巨大な妖気の塊があった。


「これは!! ――静枝?!」


 その時、静枝の姿は大きく変わっていた。目が八つになり、腕も二対新たに生えていた。

 ――そして、紅蓮の炎のごとき髪が長く生え――、その身を包んでいる。


「これは――、変化? 源身化? ――いや…、土蜘蛛は人間に極めて近い種であるはず」

「――ふふ……、これで理解したか?」

「貴様――、その姿……、そうか――お前はもはや」

「その通りだ――」


 静枝のその体躯は、先ほどの十倍近くにも巨大化していた。もはやそれは人でも――、土蜘蛛ですらなく……。


「ああ――、やっとわかった。そういう事か――」

「そうだ……、もう私は後戻りはできないんだよ」

「――ち」


 その静枝の言葉に舌打ちをする道満。彼はやっと静枝のすべてを理解した。


(――土蜘蛛……、術具制作技術において、人は愚かどの妖魔より優れた種族――。その技術をもし、自らに対して振るえば――)


 静枝は復讐を誓った時点で心が壊れていたのであろう。そして、自分の身すら復讐の道具として顧みることはなかった。

 自らを復讐を達成するための道具そのものへと変化させ――、そして、


「ああ――、お前は阿呆だ……。なんて阿呆だ」

「言うな――」

「なんでお前は――、梨花が泣くと考えない――」

「言うな!!」


 その静枝の言葉は悲鳴に近く――、そして悲しく響く。


「私はもはや土蜘蛛ですらない――、復讐しか意味がないのだ」

「この――」


 その静枝の言葉に――、道満の心の中の炎が燃え上がった。


「――この阿呆が!!」


 その瞬間――道満は一気に静枝との間合いを詰める。それを迎撃するように三対の鉤爪が縦横無尽に振るわれた。


「――俺は!! 誓った!! お前を生かして梨花の前に立たせると!!」

「そんな事は――無駄だ!!」


 一瞬の応酬で、道満の全身が血まみれに変わる。静枝の動きに道満は追いつけていない。


「無駄だ!! こうなった私に人間ごときが対抗できるものか!!」

「無駄でも――押し通す!! 梨花の想いを守るために!! ――そして……」

「は――……そんなもの――」


 一瞬、静枝の鉤爪がひらめいて、道満が天高く吹き飛ばされる。道満は血まみれで……、口から反吐を吐いて地面に転がり――そして這いずる。


「無駄だ――、もう私には意味がないんだ――。梨花との友情も――もはや」

「もはや? なんだ――」


 反吐を吐き――血まみれの道満は。それでも立ち上がる。


「なんだ? お前の――梨花への想いはその程度か?」

「何?」

「――梨花が――、お前のような阿呆と違い、――力のない弱い娘だと、お前自身知っているだろう?」

「――」


 道満は血を口からまき散らしながら、それでも真剣な表情で静枝に言い放つ。


「その梨花が――、自分の身すら構わず……、なぜ明確な敵と言える都までやって来たか――、なんでお前は理解しようとしない?!」

「く――」


 その道満の言葉に顔を歪ませる静枝。しかし――、


「そんな事――、私は……」

「静枝!!」

「――知っているさ……、こんな馬鹿な私を――、救うなんて」


 その時、やっと静枝の目に涙が浮かぶ。それを見て道満は――、


「――それでもお前は止まれない? ――ならば拙僧(おれ)が力づくで貴様を救う!!」

「ああああああああああ!!」


 その道満の言葉を切っ掛けに静枝は絶叫する。その意識が白く塗りつぶされ――、そして殺戮するだけの機械へと変じる。


「心を――閉じたか。本当に貴様は阿呆だな――。そうして心を閉じねば、友の――梨花の想いが障害となって、復讐すらままならぬという事――か」


 ――だったら――。


「お前の横っ面をはたいて――、目覚めさせる。たとえこの身が砕けても――、梨花の言葉を貴様に届かせて見せる!!」


 ――かくて燃える羅城門にて……、復讐の鬼を救うべく道満の戦いが始まったのである。

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