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第三十話 晴明たちは静枝の行方を語り合い、闇は静枝の姿を見てほくそ笑む

 燃える建物群――、その傍らには無数の土蜘蛛の遺骸が転がり、それを無数の兵士が踏み荒らし蹴り飛ばしていく。

 そこはまさに地獄――、始まりは突然。少なくとも静枝にとっては、何が起きたのか理解できない事であった。


 悲鳴を上げて逃げ惑う生き残りの土蜘蛛を、それを追う兵士が射殺していく。


「――なんで? なんで?」


 静枝は訳も分からず泥にまみれて転がっている。先ほど流れ矢で脚を負傷し、身動きが取れなくなっていたのだ。

 しかし、それが彼女を生かすきっかけとなった。兵士たちは彼女をただの死体だと勘違いし――、その傍を気にせず素通りしていったからである。


 土蜘蛛一族――、平安京の北東の山岳地帯に隠れ住む異民族の集落。複数あるそれの中でも、静枝の集落はそこそこ大きなものであった。

 彼らは通常の妖魔のように、強力な牙や爪もなく――、ましてや強靭な肉体すらない。しかし、彼らには卓越した術具制作の技術が受け継がれており、その種族としての特性も相まって人が作るものよりもはるかに精巧なものを生み出すことが出来た。

 それゆえにその技術は人にすら知る処となっており、人の中には妖魔であることを知ったうえで、術具制作を彼らに依頼する者も多くいた。

 山人族――、山に住み、鉱山や鍛冶――、或いは山稼ぎ……木こりや炭焚き――、等で生活をする先住民族の子孫。それが彼らであり――、都の平地民族に山に追われ、それゆえに都と小さくない確執を持っていた。

 それでも、一応は彼らのような存在が生き続けられたのは、彼らの技術を有用であると考える一部の人の思惑と、不安定な世に余計な争いごとを起こしたくないという時代背景に起因する思惑があったからであり、今回のこの件――、土蜘蛛集落の襲撃は寝耳に水と言えるものであった。


「――なんで」


 静枝はその場に這いつくばり泥をかみながらただ考える。そういえば――、最近何処かとの大規模な術具関連の取引があって――。


(まさか――、何か人に――、都に不都合な取引をして……、目をつけられた?)


 しかし、だからと言っていきなり皆殺しはありえない――、そう静枝は涙を流す。


(――畜生……、畜生……)


 歯を食いしばって指で地面を掴む静枝の傍を――、また一人の兵士が走り抜けていった。


 ――それは、現在より四年前――、貞元三年のとある日の事であった。



◆◇◆



 夕方になり晴明の屋敷への帰路についた道満と梨花は、その道すがら会話をしながら歩いていた。彼女が話すのは当然、静枝の過去の事であり――、


「――それから、静枝は近くの集落である私の村に引き取られました。しかし、彼女の人への恨みは深く――」

「隠れて都にのぼる準備をしていた――と?」

「はい――、彼女は賛同する同族を味方に引き入れ……、そして戦いの準備をしていたのです」

「――」


 梨花の言葉に道満は深く頷いた。


「そのような事があれば――、その静枝とやらが都を恨むのも仕方がない事ではあるが――」

「はい――」

「しかし、妙な話だな――」


 そう言って道満は首をかしげる。それを見て梨花もまた首をかしげて言う。


「どういう意味ですか?」

「やはりおかしい――、ここ数年の都の情勢は少々不安定で――、そのように異民族と開戦する余力もなく……。そもそも、土蜘蛛族の集落を滅ぼしたという話自体聞かない」

「え? でも――、あの藤原兼家という人が――」

「そもそもそれがおかしい――。なぜなら……」


 その次の道満の言葉に、梨花は驚愕の表情をつくる。


「集落襲撃が四年前――、貞元三年とすると……、その時期藤原兼家様は理由があって内裏を離れておる」

「え? 待ってください? ソレって――」

「――まあいわゆる政治争いというヤツでな……、その時期の兼家様は――反する勢力もあって容易には動けぬ時期にあったのだ」

「え? え? じゃあ――、兼家という人が土蜘蛛討伐を命じたというのは?」

「れっきとした間違いだな――、そもそも兼家様が復権されたのは、その翌年である天元元年なのだから――な」


 その道満の言葉に――、梨花はいよいよ顔を青くした。


「それじゃあ――、静枝はやはり何か間違えて? ――あるいは騙されて?」

「お前が――、静枝とやらが藤原兼家様を狙っていると知るきっかけは何だ?」

「――はい、私も――、違う集落ではありましたが、昔からの親友として復讐に誘われましたから」

「ふむ――、どれぐらい前だ?」

「ちょうど一年前――、くらいでしょうか? それからしばらくして静枝達は村から姿を消して――」

「お前はそれを追って都へと来たと?」


 道満の問いに頷く梨花。


「――その時、何か気付いたことはないか?」

「気づいたこと?」

「誰か集落外の者と接触していた――とか……」


 梨花は少し考えた後――、顔を上げる。


「静枝は――私の村に移り住んでから――、たびたび村から出て都へと来ていたみたいで」

「その時に――、よからぬ人物と出会ったか――」

「――」


 その道満の言葉に梨花は涙目になって訴える。


「――どうしよう……、やっぱり静枝は――。このままじゃ――」

「まあ――落ち着け……。師が何か情報を持ち帰っているかもしれん」


 そう言って道満は梨花をなだめる。梨花はその言葉に小さく頷いた。



◆◇◆



「それでは――、兼家様に関しては何もなかったと?」

「ええ――、そもそもが兼家様は、ここ数年とある寺院の建立に注力しており、外部のましてや異民族への対策には関わっておらぬそうで」

「ふむ――、やはり師よ――これは」


 晴明と道満は二人で考え込む。それを梨花は心配そうに見つめた。


「――ただ、実は最近兼家様が新たに行おうとしている事業があるそうで――」

「それはなんだ? 師よ――」

「それは――」


 その次に晴明が発した言葉に、道満と梨花は驚きの表情で顔を見合わせる。


「荒れ果ててしまっている羅城門を、再建しようという話で――、数日後に兼家様自ら視察を行うという話がありました」

「――」「――」


 道満と梨花は深刻そうな表情で晴明を見る。晴明は何かを悟った様子で二人の顔を見合わせた。


「どうしました? 道満――、梨花さん?」

「いや――、実は梨花が今日――、羅城門近くで静枝らしき人影を見たらしくてな」

「ほう――」


 その事を聞いて晴明は静かに考え込む。


「ならば――、その視察こそが……、静枝が兼家様を襲う好機であると――?」

「おそらくはそうだな師よ――。その視察は止めることは出来んのか?」

「理由もなしに止められると思いますか?」

「む――」


 晴明の言葉に道満は口ごもる。一瞬道満は、兼家に自分が狙われていることを話そうか――とも思ったが……。


「――静枝の存在がばれたら――、土蜘蛛と都との間に余計な争いが起こる――か」


 そうでなくても今の道満たちのするべきことは――、


「すみません!! 晴明様――道満様!! 静枝の事は――秘密に……」


 そう言って梨花は頭を下げる。――梨花の幼馴染である静枝の命を救い……、二人の友情を守る事こそかの源博雅が望んだことであろう。


「わかっています――、このことはなるべく、私たち以外には秘密で行動しなければなりません」

「うむ――ならば……、今からやることは一つだな師よ」


 晴明と道満が頷き合う様子を梨花は疑問の表情で見る。


「これから――、何をなさるので?」

「占うのですよ」

「え? 占い?」


 その晴明の言葉に驚きの表情を浮かべる梨花。


「占いって――、それで居場所を探ると?」

「そうです――。その静枝さんが羅城門の近くに潜んでいるのは確定でしょうから。そこからなら彼女の潜伏場所を占うことは十分可能です」

「でも――」


 果たして占いというものが本当に効果があるものなのか梨花は疑問に思う。その半信半疑な表情を見て晴明は笑って言った。


「我々はこの占いこそが本分ともいうべきものなのです。無論――、あくまで占う個人の言を信ずるだけの証拠がなければ、特定の事件などの捜査には役に立つものではありませんが」

「はあ――、事件の捜査――ですか?」

「ふふ――、いいですか? もしある事件が起こった時、基本的に我々は……、まず占いで犯人たる人物を特定いたします。そして――、それを立証する証拠を周囲に固めていくのです」

「あ――なるほど」


 要するに陰陽師にとっての占いは――、それ以降の仕事を進めるうえでの単純な方向性を決定するものであり、それをもとに地道な作業で進むべき道を作り出していく――、それをどれだけ上手に素早くできるかが陰陽師という存在の価値に繋がっていくのである。


「とりあえず――、占いでこれからの方針を決めるためにも、静枝さんの居場所を探ってみましょう」

「そうだな師よ――、それからが本番――だな?」

「ええ――」


 晴明は道満に頷くと――、すぐに立ち上がって占いの準備を始める。はたして――それで示されるものは?



◆◇◆



「――羅城門への視察――、それこそが我らの好機――」


 外套の人物はそう言って静枝に向かって笑う。静枝はその顔に闇を纏いながら答えた。


「わかっている――、その時に必ず始末する……。それでお前もやりやすくなるのだろう?」

「ふふ――、私を気遣っていただけて、有難いですな」

「ふん――、ただ利害が一致しているだけだがな」


 外套の人物はそれでも笑いながら静枝に答える。


「それで構いませんとも――、利害が一致しているという事は……、その利害があるうちは信用されるという事でしょう?」

「人間は信用しない――が、本来は――と言っておこう」

「それで充分ですとも――」


 外套の人物は静枝の言葉に満足そうに笑った。


(――ふふ、土蜘蛛一族をそそのかして――、兼家を始末させる……、上手くいっても良いし――もし失敗しても……)


 そう――、実はこの者と静枝との間に利害の一致など実は存在しないのだが――、静枝はそれに気づかない。いや――、


(恨みか――、それは容易に人の目を覆う闇になる――、十分利用させてもらうぞ? 愚かな妖魔よ――)


 外套の人物の笑顔にどのような思惑があるのか? ――その時の静枝は全く気付くことはなかった。

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