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第二十九話 梨花と道満は静枝を探し、そして梨花は道満の心を知る

 晴明と道満が梨花の話を聞き――、その翌日より梨花は道満と共に都に出て静枝の捜索を始めていた。

 その間、晴明は内裏へと昇って藤原兼家に関する情報を収集していた。


「――」


 梨花は気まずそうに隣を歩く道満を横目で見る。それもそのハズ――、この道満という男、何かと自分に対してキツイい言い方をしてくるからである。


「――」

「……なんだ?」

「いえ――、なんでも」


 それも仕方のない話であろうと梨花は思う。土蜘蛛族と言えば、人間にとっての最大の敵ともいわれる異族であるからだ。

 そんなものと共に都を歩くなど――、彼にとっては屈辱……あるいは忌避すべき事なのだろう。

 ――梨花はそのことに少し落ち込みつつ、道満と共に都を歩く。そして――、


「あの者達に話を聞いてくる――。お前はここで待て……」


 そう言って道満は梨花を置いて人混みへと歩いていった。


「ふう――、仲良くしたい……なんて思わないけど」


 でも――、ここまで嫌われると、心の中から悲しみが湧き上がってくる。人と土蜘蛛――決して相いれない存在なのだと……悲しい事実が梨花の胸に突き刺さった。


「――蘆屋……道満」


 その彼の目を思い出すと震えがくる。冷たい目――、すべてを見透かす目――、おそらく彼は妖魔という存在を嫌っているのだろう。ただ、師匠に従っているだけで――本当は……。

 ――と、不意に梨花の視界の端に、見覚えのある少女の姿が映った。


「静枝?!」


 その面影を探し走りだそうとして――、少しためらう。


(――道満様が……)


 今道満は見知らぬ人と会話をしている最中で、それをその場に置いていくわけには――。


(――でも、さっきのは確かに)


 一瞬ためらった梨花は――、それでも決意して走り出す。


(迷っている暇はない――追いかけないと)


 今すべきことは静枝を探し出すこと。そう心に決めた梨花は――、そうして道満の傍を離れたのであった。



◆◇◆



「――静枝!!」


 走りながらそう叫ぶ梨花。――その前方には見知った背中が歩いている。


「やっと見つけた――静枝!!」


 必死で走る梨花を振り切るかのように、その背中は十字路を曲がって見えなくなる。梨花は見失うまいと必死で走った。すると――、


「あ――」


 十字路に差し掛かった時、不意に前方が暗くなる。大きな何かが梨花の前に立ちはだかったのである。


「きゃ!!」


 梨花はその大きな何かに正面からぶつかってその場にしりもちをつく。そして――、


「てめえ――、どこに目えつけてんだ……」


 その大きな影がそう言ったのである。驚きつつ梨花が顔を上げると――、


「え? あ――」

「ん? お前……」


 その瞬間、梨花は最悪の状況に自分が置かれた事実を知った。その目の前にいたのは――、


「ほう? お前あの時の小娘じゃねえか」

「あ――貴方は」


 自分をいやらしい目で見つめるその人物は――、初めに都に上ってきたときに、自分を攫おうとした男だったのである。


「いやあ――、こういうのは運命の再会って言うのかね?」

「う――」


 そのニヤニヤ顔が梨花に向けられ――、その視線が梨花の全身をいやらしく舐めまわす。


「お嬢ちゃん――、今は一人か? あの爺は傍にいないみたいだな?」

「う――あ」


 その言葉に、さすがの梨花も涙目になって身を小さくする。それを――、何かを悟った様子で楽しげに見つめる男。


「――どうやら一人みたいだな。それは……好都合だ」


 そう言って笑いながら、男はその大きな手で梨花の腕をつかむ。梨花は暴れて逃げようとしたが――、


「おい――、抵抗するな」


 梨花は――、男の剛腕で振り回され、その場に引きずり倒されてしまった。


「ひ――」


 小さな悲鳴を上げて転がる梨花を楽しそうに見つめる男。梨花はその目におびえながら心の中で思った。


(――ああ、こんなところで……。私にも静枝みたいな――)


 梨花は、幼馴染の静枝のような戦いの心得はない。

 そもそも心が優しかったゆえに暴力ごとに無関心で――、さらには物心ついたころから術具制作に打ち込んできたゆえに、体を動かす行為は大の苦手だったのである。

 まさにか弱い少女に過ぎない彼女を――、男はいやらしい笑顔で組み伏せる。


「お嬢ちゃん――、ここで再会したのも縁だし――、俺のモノになりな」

「ひ――」


 その自分を飲み込みかねない欲望の満ちた表情に、梨花はただ涙を流す他なかった。


(――ああ、晴明様――、博雅様――)


 梨花は目に涙をためていやいやをする――、それが男の劣情をさらに刺激したのか、男は梨花に強引に覆いかぶさってきた。


「いや……」


 か細い悲鳴が響く。その時――、


「――最近は、本当に都も荒れてきたな――。昼間っからこれか?」

「む――」


 突然の声に、男が顔を上げる。そこに――、蘆屋道満が立っていた。


「――道満――様?」

「勝手に歩き回るな阿呆が――」


 そう言って、道満は梨花に覆いかぶさる男のもとへと歩いてくると――、


 ドカ!!


 問答無用で男を蹴り飛ばした。その蹴りを受けて男は小さく悲鳴を上げて転がる。


「――て、てめえ!! 邪魔するな!!」


 蹴られた場所をさすりながら立ち上がる男に――、道満は絶対零度の視線を送る。


「おい――、お前……拙僧(おれ)が誰かわかるか?」

「――は? 何言ってんだ? お前がなんだって――」

「そうか――、拙僧(おれ)の知名度も、まだその程度ってことか――」

「何言って――」


 道満は無言で男に近づくと、その襟首を掴んで思いっきり投げ飛ばす。


「が――!!」

「――恐れのないケダモノは――、より強い獣に容易に狩られる……。少しは周りに気を配るべきだぞ」


 そういって道満は投げ飛ばされてその場に這いつくばった男の頭を足で踏みつけた。


「おい――お前……」

「ぐ……え?」

「この娘に何しようとした?」

「う――」


 道満に睨まれたそれだけで男の身体は恐怖に支配される。言いようのない絶望感に、男の目に涙が見え始める。


「言え――」

「は――、俺は……」


 涙目で道満を見る男に――、何かを悟った様子で頷く道満。


「――どうやら、ただの人さらいだったようだな」

「すみません――」


 道満の言葉にただ泣いて謝る男。それを見てやっと道満は男の頭から足をどかした。


「ひいいいいい!!」


 その瞬間、悲鳴を上げながら逃亡を始める男。道満はそれをため息をつきながら見送った。


「――あ、あの」

「おい――バカ娘」

「う――」


 道満はその冷たい目を今度は梨花へと向ける。梨花は怒られると思って身を小さくした。


「――無事か?」


 ――と、次に道満が発した言葉は、梨花の無事を確認する言葉であった。それを聞いて驚きの目を道満に向ける梨花。


「あの――」

拙僧(おれ)が目を離したのが悪いとはいえ――、いきなりあのような面倒に巻き込まれるな」

「すみません」

「――ふう」


 梨花が謝ると――、道満は安心した様子でため息をついた。それを見て梨花は――、


「心配――してくださったのですか?」

「――ん? 当たり前だろうが――」

「え――でも」


 その道満の言葉に疑問ばかりの梨花。その表情を見て道満は何かを察して言った。


「む――、どうやら、妙な勘違いをさせていたのか?」

「勘違い?」

「すまんな――、お前に対し少しきつく当たりすぎていたかもしれん」

「え?」


 そう言って頭を下げる道満に梨花は驚きの目を向ける。


「――貴方は……私を嫌って――」

拙僧(おれ)が? お前を嫌う? なぜ?」

「だって私は妖魔で――」

「は――」


 その梨花の言葉に、道満は小さく微笑んで言葉を返した。


「俺はお前を嫌ってなどおらん――」

「でも――」

「――うむ、お前の事を警戒していたのは――、妙な災いを師にもたらすのではないかと――、そう思っていたからだ」

「師――晴明様?」

「――ふ、師には内緒だぞ?」


 そう言って道満は優しく笑う。それを見て梨花は――、やっと道満という男の事を見誤っていた事実に気づいた。


「――梨花……、これからは拙僧(おれ)の傍をなるべく離れんようにな?」

「はい――すみませんでした」


 そう言って梨花は笑う道満に頭を下げる。やっと梨花はこの目の前の男に心が通じたと感じた。


「あ! そうだ!!」

「ん? どうした?」

「さっき静枝を見たんです!!」

「なに?」


 梨花の言葉に眉を寄せて聞き返す道満。梨花は静枝らしき人物が去った方角を指さして言った。


「静枝は――、静枝らしき人はあっちのほうへと歩いていって――」

「ふむ――」


 道満は梨花が指さす方を見る。その先には――、


「平安京の正面――、羅城門へ向かう道?」


 その視線の先には――、今は古びて修繕されることもなく佇む羅城門が見えていたのである。

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