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第二十六話 晴明はかつての友を訪ね、博雅はいまわの際に娘を託す

 ――晴明、なあ晴明――、なんでお前は……。


 安倍晴明はその夜――、かつては供にあったとある友人の言葉を思い出す。


 お前はどうして――、そうなんだ? ――結局お前は……。 


 その言葉の先は――、晴明にとって常に傷として残っている。

 晴明は常に他人の言葉を我関せずという様子で聞いている――が、


(――正直、あの言葉だけは……、彼に言われたことだけは――)


 ――お前は結局――、ヒトとは違うのだな……。


(いや――違うぞ……。私はヒトだ――、ヒトたらんとしている……)


 でも――、安倍晴明は思う。


(ああ――、わかっているとも……。私の心にはヒトが当たり前に持っている何かが足りない……)


 だからこそ――、自分は極力、ヒトの世界から離れるべきだと考え――、でもその情から離れることが出来ずにいる。

 中途半端――、なんて中途半端な……、かの賀茂光栄が私を嫌うのも当然の話。


(人以外の血を以て生まれ――、ヒトとしてヒトの中で成長し――、それでもヒトであることを友に否定されてしまった私……)


 私が人の中で生き――、ヒトの世を守ることにこだわるのも……、結局はヒトにあこがれる”ヒトデナシ”ゆえに――。


 ああ――かつての我が友――、源博雅(みなもとのひろまさ)よ……、私は――。



◆◇◆



 その日、安倍晴明にとって最も悲しむべきことが起ころうとしていた。

 弟子である蘆屋道満は、この日、晴明の弟子となって初めて――、師匠がその目に涙を光らせるのを見た。

 昼間のうちに屋敷を出た晴明は、道満を伴ってとある屋敷へと向かう。その屋敷の主とは――、


「――晴明……」

「博雅――久しいな」

「――ああ、お前はもう来てくれないと思っていた」

「――」


 病にて床に臥せる源博雅を、寂しそうな目で見る安倍晴明。


「……私は――いつも思っていた」

「博雅……なにを」

「謝りたかった――、傷つける気など無かった」


 床の博雅はその目に涙をためる。それを首を横に振って見つめる晴明。


「――どこに、博雅が謝る事があるというのか」

「晴明――」

「何も私は――、お前に傷つけられてなど」


 それを聞いた博雅は小さく笑って言った。


「――ならば、なぜ会いに来てくれなくなった?」

「――」

「もう自分の心を偽る必要はない――、私にはわかっている……、いや、わかっていたはずであった」


 ――でも、あの時、博雅は何ともなしに呟いてしまったのだ。それで友情に傷がつくとは思いもせず。


「あれは――、私が勝手に――」

「いや――、私が悪いのだ……、あのような言葉を適当な心で発するべきではなかった」


 博雅は病によって急速に老いて――皴だらけとなった手を晴明の手に乗せる。


「ああ――お前はあんなに傷ついたのだな……、すまなかった」

「博雅――」


 安倍晴明――、常に達観し……その心を表に出さない者。――でも、その本心は決してヒトとかけ離れたものではなく……。


「お前は――、この愚かな私の死を悲しんでくれる――」

「お前は愚かではない」

「――ふふ、こうして最後に顔を見られたのは――、この世の幸福の極みだ……」


 そう言って笑う博雅の、弱々しい手をしっかり晴明は握る。


「晴明――、最後に――一つだけ頼みがある……」

「なんだ? 言ってみろ」

「あの娘を――、梨花をお前に託したい」

「梨花?」


 そういう博雅の言葉に疑問の表情を向ける晴明。それを見て博雅は――、その最後の言葉として晴明に一つの遺言を残した。


「私の養女――、梨花……、彼女の友情を――救ってやってくれ。我らのように……ならぬうちに――」


 ――こうして源博雅は、天元三年九月二十八日に薨去――、享年六十三歳であったという。


 一つの友情の物語はここで終わり――、そして、もう一つの友情の物語は始まる。

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