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呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~  作者: 武無由乃
第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
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第二十二話 季猛は道満の策略を見破り、道満はそのさらに上をゆく

「――まさか、この近距離で弓を扱うつもりか?」


 道満はそう言って季猛を挑発する。それもそのはず――、今二人はお互いを目前にして相対しているのだ、遠距離攻撃武器である弓が役に立つとは思えなかった。


「ふふ―、試してみますか?」


 しかし、季猛はいたって冷静にそう答える。ここまでの自信を持つという事は――、


(この距離でも弓矢を扱える――、その自信があるから――か)


 冷静にそう分析した道満は、剣印を組んだ指に力を籠め――、そして呪を唱える。


(――だが、相手はあくまで遠距離が専門である弓兵――、運動能力を強化した拙僧(おれ)に追いつけるとは思えん)


 そう考えた道満は――、即座に季猛との間合いを詰めると、その剣印に霊気を纏ってその刃で彼の胴を切りつけたのである。


「――」


 その瞬間――、道満は妙なほどの手ごたえのなさを感じて、即座に季猛との距離をとる。――そこに正確無比な矢の一撃が飛んできた。


「くお!!」


 いきなりの事態に驚きの声を上げつつ身をひるがえす。矢はその腕を掠って背後へと飛んでいった。


「――避けましたか」


 いたって冷静にそう呟く季猛は――、先ほどの道満の一撃を意に介した様子がない。道満はそれを見て――、即座に状況を分析した。


(――なぜだ? 拙僧(おれ)の霊手刀を受けて平然としておる? ――命中した瞬間に”立ち消えた”か? いや――そのような感じは一切しなかった)


 その間にも素早く背中の矢筒より矢を三本引き抜いた季猛は――、自ら後方へと後退しつつ連続で射撃を繰り出してきた。

 道満は、自身の強化された俊足を利用して何とか避けてゆく――、が、


(――先ほどの一撃が効かなかった理由が分からぬと――、むやみに攻撃も出来ん)


 そう考えて、距離をはなしていく季猛を黙って見送るほかなかった。


「――どうしました? 近距離ならば自分か有利とは思わないんですか?」


 季猛が楽しそうにそう話す。――それを見て苦虫を噛み潰したような顔で道満は答える。


「お前ほどの武人が、自身の弱点をそのままにしていると――、そう考えるほど拙僧(おれ)は単純な脳はしておらん」

「そうですか――。それは惜しい話だ――」


 道満はその返しに舌打ちをしつつ森を駆ける。その背後の樹木に次々に矢が突き刺さってゆく。


(――不味いな――、不規則に回避せねば、一気に誤差を修正されて狙撃される――。それほど奴の弓矢は正確無比だ――)


 それでも、道満の動きに季猛の射撃は追いつき始める。無数の矢が飛翔し――、少なからず道満の身を傷つけ始めたのである。


(不味い――、これは逆に距離を話すのが吉――)


 そう心の中で考えた道満は――、あえて一目散に季猛から離れた森へとその身を躍らせる。しばらくゆくと、さすがに道満を見失ったのか季猛の射撃は飛んでこなくなった。


(考えろ――、考えるのだ……。なぜ奴には霊手刀が効かなかった?)


 道満はそう考えつつ森を慎重に移動。森に佇む季猛が見える位置に移動すると、その懐から数枚の符を取り出した。


「急々如律令」


 その呪文と――、季猛の反応はほぼ同時であった。

 空を符術の炎弾が季猛へ向かって飛ぶ。それに返すように矢が風切り音と共に道満へと向かった。


「く――」


 その瞬間、驚きの光景が道満の目前に展開される。

 矢を何とか避けた道満は――、季猛に向かって飛んだ炎弾が、ほぼ相手に火傷を与えず消えたのを見たのである。


(”立ち消え”た? ――いや、あれは”抵抗”されたのか!!)


 その段になってやっと道満は気づく。あの季猛という男――、恐ろしいほどの対呪術耐性を持つのだ――と。


(なんてこった――、これでは奴には呪による直接攻撃は無意味だ――)


 ある程度の高さの対呪術耐性を持つ者には、本来なら大火傷を与える炎弾ですら、ただの小さな火の粉程度にしかならないのだ。

 それを理解した道満は――、即座に作戦を立て直す。


(――直接的な呪はほぼ効かないなら――、これからは間接的に呪を扱うしかない。例えば腕力を強化した拳の打撃――、或いは呪を周囲の草葉にかけた足止めや目くらまし――だ)


 そうして――勝利への道筋を組みなおした道満は、季猛の知覚外へと逃げるべくその場を移動した。

 ――果たして、道満の作戦は通用するのか?



◆◇◆



 季猛は森で静かに佇み――、道満が次に仕掛けてくるのを待っている。

 今までの観測射撃で、ある程度の先読みが可能になってきており、そろそろ本格的な追撃が可能だろうと彼は考えていた。


(――さて、彼は私の対呪術耐性に気づいたでしょうか? ――気づいたでしょうね。ならば――)


 次に来るのは当然――。


 「?!」


 不意に森の向こうに道満が走る影を見る。一息もかからず矢をつがえてそのまま放つ。


「――とった?」


 その矢は確かにその道満を、掠ることなく狙撃したように感じた。


「――」


 季猛は黙ってその現場へと歩みを進める。

 慎重に進む季猛の目前に、矢を受けて樹に背を預ける道満が写った。


「ふむ――」


 季猛は黙ってそのまま道満のもとへと歩いていく。その時――、


「む?!」


 その近くの草原より――、風切り音と共に大木が飛んでくる。それは――、


「かかった!!」


 大木が飛んできた――、その草原の向こうから声が響く。それは確かに道満の声であり――。


「は!! ヒトガタの式に騙されてまんまと誘い出されたか!!」


 轟音とともに土煙が舞う。その向こうに季猛は消えてしまった。


「――は、おびき寄せからの、倒木で俺の勝ち――か」


 そう言って笑う道満が、季猛の様子を確認するため草原より顔を出すと。


 ヒュ!!


 土煙の向こうより矢が飛来する。慌てて道満は避けた。


「あら――、さすがに避けられましたか」


 そう言って笑いながら土煙の向こうに佇む季猛。それを見て道満は自身の作戦がまんまと失敗したことを悟った。


「はは――やはりそうなりましたか」

「く――気づいておったか……」

「当然ですよ――、慎重さだけが私の取柄ですし」


 そう言って笑う季猛に、さすがに顔を歪ませる道満であった。


「――さて、もう同じ手は私には通用しませんよ? 無論わかってらっしゃると思いますが」

「ち――、誘い出しての罠は、もう無駄という事か」

「ふふ――」


 笑う季猛――、それとは相反する苦い表情をする道満。


「さて――、もうそろそろ決着と行きましょうか? もう矢が少ないのでね――」

「――ち、その少ない矢で拙僧(おれ)を仕留める――と?」

「はい――、無論、予備の矢を残して詰みですとも」


 それは自身の実力と、状況に裏打ちされた圧倒的な自信。道満は苦しげな表情のまま、踵を返して森の奥へと身を躍らせた。


「また逃げると? ――フフそればかりですね」

「言ってろ――」


 季猛の笑顔に、道満は怒りの表情で返す。季猛は――それまで抑えていた感覚を研ぎ澄ませる。それはまさに獲物を追う猟師の超感覚であり――。


「――まさか、このまま逃げおおせると思っているのですか?」


 その矢をつがえて一矢放つ季猛――、森の向こうで苦し気な呻きが起きた。


 ――その矢の一撃は、確実に森を奔る道満を捉えていた。その左腕に刺さった矢を引き抜いて、素早く霊丹で治療する道満。


「くそ――、すでに森を越えて、狙撃を命中させるか!!」


 そう悪態をつく道満に向かって、季猛が声をかける。


「逃げても無駄です――。もうこの森の状況は把握しました。貴方の動きもだいたい予測できました。後はそれをもとに狙撃するのみです」


 あまりにも凄まじい弓兵としての腕前に、さすがの道満も驚きを隠せない。


「あと――四本――、いや――二本で貴方は詰みです」


 それはまさに死刑の宣告に等しい言葉。あまりの事に道満はその表情に焦りを浮かべた。


「このまま――、狙撃されるのを待つか? いや――それは出来ぬ……。ならばイチかバチか」


 道満はその手を剣印にしてさらなる呪を唱える。それは一気に道満の反射速度を増大させた。


「こうなったら――」


 道満はその森の影を抜けて、一気に季猛めがけて奔る。無論、不規則に蛇行しつつ。


「さすがに考える策も尽きましたか?」


 すごく冷静に笑う季猛その手に二本矢を持ち――、連続で放ったのである。


「く!!」


 矢の一本が道満の脇を掠る――、それを避けるべく身をひるがえす道満。――そこに次の矢が突き刺さった。


「!!」


 その光景を見て季猛は笑う。


「一撃の矢で――不規則な蛇行に規則を与え――、次の矢で芯を獲る――。さすがに避けられなかったようですね」


 季猛のその言葉通りに、道満は命中弾をその胴に受けてその場に転がる。季猛は今度こそ明確な手ごたえを感じていた。


(――まあ、道満殿の事ですから。また罠である可能性は十分あるでしょう――。慎重に状況を確認して――)


 さらに慎重に慎重を重ねる季猛。そのゆっくりとした歩みを睨みながら、倒れる道満は血を吐きうめき声をあげる。


「く――、ここまでとは……」

「ふむ――」


 慎重に道満に近づいた季猛は、その胴に突き刺さる矢を確認――、そこから流れる血も確認した。


「どうやら――、確かに仕留めたようで」

「ち――、お前……慎重が……過ぎるぞ」

「はは――、性分ですから」


 その朗らかな笑いに、道満は苦しげな表情で言った。


「クソ――、やってくれた……」

「残念ですね――、貴方が私に勝つ可能性も考えたのですが」

「ち――」


 季猛はその傷が確かであると確認すると、その場に跪いて傷に手を振れた。


「――フム。止血が必要ですね――、動かないでください」

「ああ――、わかってる……これで」


 と――、不意に道満の腕が季猛の腕をつかむ。それに驚く季猛は――、


「?!」


 不意に自身の視界が反転したのを感じた。


「あ!! え?」


 近くの樹木――、その枝から垂れ下がる蔦によって、足を縛られ逆さ釣りにされる季猛――、その段になってやっと、自分は道満の罠にかかったのを知った。


「まさか――、こんな」

「はは――、上手くいったな」


 道満は笑いながら立ち上がる――、そして、


「く――」


 苦し気に顔を歪ませながら、自身の胴から矢を引き抜いた。


「ふ――、騙すためとはいえ……、矢は痛いな」


 そう言って笑う道満の手にする矢の先端には小さな木片が見えた。


「そ――それは……」

「まあ、いわゆる楯代わり……、直接矢を受けるわけにもいかんからな」


 そう言って笑う道満を驚愕の表情で見つめる季猛。


「貴様が慎重すぎるのは分かったからな……。罠にかけるには、ここまでの演技をする必要があると考えたのだ」


 まさに――、血も傷も本物であったゆえに、季猛はまんまと道満に騙されたのだ。


「あの一瞬で――、お前は矢の軌道を見抜いたのか?!」

「そうだ――、拙僧(おれ)の”直視鳶目の法”はこういった使い方もできるという事よ」

「は――、はは……、これは完敗ですな」


 そう言って季猛は笑う。――その手から弓は離れ、地面に残りの矢と共に落ちていたからである。そうなれば、もはや彼に反撃する法はない。


 かくして、頼光四天王最後の一人は、道満の策略の前に敗北した。

 それは――源頼光との、最後の相対が始まるという証であった。


 ――果たして、道満は姫と静寂を救う事は出来るのか?

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