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呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~  作者: 武無由乃
第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
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第十六話 道満はかの想いを信じ、そして頼光達と開戦する

 ――困った、本当に困り果てた――。


 千脚大王の隠れ屋敷――、そこにいた娘から話を聞いて、道満は本格的に頭を抱える。屋敷の中の一室にて、娘から全ての事情を聴いたのである。


「このような事――、事実であれば――、拙僧(おれ)達は、馬に蹴られて死んでしまえ――、と言える話ではないか」

「馬に蹴られて? どういう意味なのですか?」


 何とも素直な表情で娘は道満にそう質問する。自分の話を静かに聞いてくれた道満の事を、信頼の目で見ているようだ。

 ――その目に見つめられて、道満は何とも居心地が悪くなる。


(――はあ……、この様子――、妖魔に操られておるようには見えぬ……。おそらくはすべて事実であろう……)


 すぐに自分を信頼してしまった、あまりに純真すぎる娘を見て、道満はそう結論付ける。


(……ならば、親元へと返すのは――少々まずい話ではないか? そのように振る舞い――娘を切り捨てようとた者が、素直に娘の帰還を喜ぶのか?)


 それは――、最悪の予想が容易に思いついてしまう。


「――あの……、道満――さま?」

「む? なんだ?」

「どうか!! 静寂様をお救いください!!」

「むう――」


 頭を下げて懇願する娘に――、困り果てた様子で考え込む道満。それも当然――、


(――娘の父親……果ては帝よりの勅で動いている以上――、この娘を連れ帰らねばならぬ……、しかし)


 その行為は、この娘に取り返しのつかない事態を招くことになろう。

 ――別に道満自身は……上の者からどのように言われてもかまわないが――、


(そうなれば――何かと批判されるのは……師だ)


 道満はしかし――、と思う。


(――このような話……捨ておくことは――できぬ)


 そう言って考え込む道満に何度も頭を下げる娘。もはや――道満には否はなかった。


「わかった――、頼光殿に事情を説明して……、どのようにするか相談してみよう」

「ほ……!! 本当ですか?!」

「は――、拙僧(おれ)に任せておけ――、きっと悪いようにはならぬ」


 それは――、実際はかなり甘い考えであったが……、その時の道満は歳若いゆえに理解の出来ぬ話であった。


「ありがとうございます!! 道満様!!」

「ふ――、万事任せるがよい」


 尊敬のまなざしで自分を見る娘に、道満は恭しく頷いて宣言する。――と、そこに何やら走り込んでくる大きな影があった。


「姫!!」

「静寂――様?」

「無事か!!」


 そう言って屋敷内へと走り込んできたのは千脚大王こと――静寂本人であった。

 静寂は、娘の前に座る道満を見て、その手の大太刀を構える――が、


「静寂様!! お待ちください!! 道満様は敵ではありません!!」

「――な、に?」


 娘の言葉に困惑の表情を浮かべる静寂。道満は大きく頷いて言った。


「事情は、この娘から全て聞かせてもらった。――この件は、拙僧(おれ)が何とかしてやる」

「む――」


 静寂はそれでも信頼がおけぬというふうで道満を見つめる。道満はそれを肌身で感じて答えた。


「今あったばかりだ、――俺が信頼できぬのは理解できる。だが――、このような事情を聴いた以上、拙僧(おれ)は見捨ててはおけぬのだ――」

「――お前」

「すぐに信頼せよとは言わぬ……。一時、俺に任せてくれるだけでよい」


 その言葉を聞いて――、静寂はその手の大太刀を下ろす。


「姫以外の――いや、姫と法師以外の人間は信用できぬ――、貴様を信用は出来ぬ」

「ならば――」

「だが――、貴様の言葉が嘘である確証ももてぬ――」


 ――だから、


「信頼はせぬが――、お前を利用するという形なら――」

「はは――、そうだな!! そこまで言うならその栄念法師とやらに命じて、俺に呪をかけるなり何なりするがいい」

「――そうさせてもらう」


 道満のその言葉に――、静寂はその背後に控えていた法師を見る。


「法師――」

「わかり申した――」


 ぼろを着た法師は、道摩に近づくと印を結び呪をかけた。


「――言葉を違えた場合――、おぬしは死ぬほどの激痛が走ります。少なくとも――、剣士であれば身動きなわず、術師であれば呪は扱えなくなり申す」

「かまわん――、勝手にするがよい」


 道満は堂々とした様子でそう言った。


 ――さて、呪をかけ終えた法師は、道満に向かって言う。


「本当に――姫と大王を救ってくださるのですね?」

「任せろといった――、二言なし!!」

「ふむ――」


 その言葉を聞いた法師は嬉しそうに頭を下げた。


(――ふ、事情が事情だ――、頼光殿なら確かな判断を下してくれるだろう――)


 道満は、知り合って久しい頼光の顔を思い出す。その真面目で素直な彼なら――きっと彼らの想いを汲んでくれると信じていた。

 ――そしてそれは――、道満にとってとても甘い予想に過ぎなかったのである。



◆◇◆



 森の向こう――、霊山の入り口にて、頼光とその四天王が集まり話し合っていた。


「――はあ……、拙者が何とか呪を解いて……ここまで下りては来たが。振り出しに戻ってしまいましたな――」

「それに――道満様の御姿も見えず……困りました」


 笑う荒太郎と困った顔の頼光がそのように語り合う。その様子に――季猛が答えた。


「まさかとは思いますが――、お一人でかの妖魔王の屋敷へと向かったのでは?」


 その言葉に荒太郎が頷く。


「かの吾人はかなりの使い手故に――、可能性は高いな」


 それを聞いて頼光は、遥霊山の頂上を眺めて言った。


「――それは、大丈夫でしょうか――」


 その言葉に、その場の皆が黙り込む。かの妖魔王が噂通りであれば――、かの蘆屋道満でも、一人で相手するのには無理があると思えた。


「――とにかく、このまま何もなしで帰還するわけにもいきません。もう一度かの屋敷を目指しましょう」


 その言葉に一同は深く頷いた。


 ――そして、しばらく霊山を登って進んだ時――。


「お~!」


 不意に森の向こうから道満が現れたのである。


「道満殿!! 無事でしたか!! ――てっきり、一人で妖魔王の屋敷に向かったものと……」

「はは――、当然、屋敷にたどり着いたとも……、拙僧(おれ)ならば当然の話だ」


 そう言って笑う道満に――、なぜか一同は困惑の表情を浮かべた。


「――妖魔王の屋敷にたどり着いたと? それは――」

「本当だとも――、姫にもあった」

「――」


 困惑する頼光を見て、すこし笑顔を消して道満は答えた。

 ――頼光は少し考えてから言った。


「それで? 妖魔王は退治なさったのですか? ――姫は何処ですか?」

「ああ――それなんだが……」


 道満はその場の雰囲気に少し困惑しつつ答える。


「かの妖魔が――かの姫をさらった――、正確には供に逃げたのには理由があって――」


 それから――、道満は娘から聞いた事情を、皆の前ですらすらと答える。


「――というわけでな……」

「――」


 道満が話し終わると――、その場にいる一同に沈黙が広がる。

 ――不意に、その沈黙を壊したのは――、源次であった。


「道満――どの、貴様は――、その、娘の話を鵜呑みにしたと?」

「ぬ――、それはどういう意味だ?」


 源次の冷たい目に、困惑を大きくして道満は答える。


「その娘が――嘘を言っていない保証は?」

「なんだと? それは――」

「そもそも――妖術で操られている可能性は考えなかったか?」

「――拙僧(おれ)の、術看破が信じられぬと?」


 さすがに怒り顔で源次に言葉を返す道満だが――、


「――姫が自分から妖魔のもとへと走った? それよりも――、妖魔に魅入られて操られている……、その方がありうる話であろう?」

「な――」

「そもそも――その静寂? ――とやらは、都で多くの兵に甚大な被害を与えておる――、その言葉は信じられぬ」

「――」


 源次のその冷たい物言いに、さすがの道満も怒りで答える。


拙僧(おれ)の言葉が信じられんと!?」

「――信じられぬ――」

「な?!」


 あまりにあまりな物言いに道満は唖然とする。その段に至っもて黙り込んでいる頼光を見た。


「頼光――殿」

「――」


 頼光は心底困惑の表情で考え込む。それに向かって源次は言った。


「頼光――、この阿保に言ってやれ――」

「それは――」


 頼光は困惑の表情を崩さずに道満を見た。


「もし――その話が事実なら――、私たちの出る幕はないのかもしれません」

「それなら――」


 頼光の言葉に道満は顔を明るくする――が、


「でも――、私には判断がつき兼ねます。なぜなら――かの妖魔が都で多くの怪我人を出したのも事実です。――それだけが今我々が知っている事実なのです」

「む――」

「姫に言われたから――はいそうですか。と帰るわけにはいきません。我々は子供の使いではないのです」


 その言葉に――道満はさすがに次の言葉が継げなくなる。――その段になって、自分の甘さを痛感した。


「しかし――」

「道満殿――、我々の使命は都の平安を護り――、人の世を続かせる事です。もし――あなたの言葉が事実でも、かの妖魔を退治したのち――、姫を父親に返してから、その父親が暴挙に出ぬように見張る事が正しいと思います」

「――それは――、ならば妖魔の命はどうでもいいと?」


 その道満の言葉に――、頼光は困惑の表情を深くして言った。


「なぜ――? 妖魔の命を慮る必要があるのですか?」

「――」


 その段になって――、やっと道満は理解する。自分と頼光――、その間にある大きな隔たりを。


「かの妖魔の想いを――、理解しようとする姿勢は尊敬いたしますが。妖魔とは――”人に仇なす存在”なのです」

「く――」

「――少なくとも、今までの経験上――、それ以外の事実はありませんでした」


 それは――、対妖魔戦力であれば当然の話。――今まで、人に仇名す妖魔を切り伏せてきた彼らだからこその――。


(――これは、まさか――、拙僧(おれ)の考えは甘すぎたのか?)


 あまりの事態に――道満は黙り込む。そして――、


「それに――道満殿?」

「――なんだ?」

「なぜ――貴方は――、その身にかかっている呪は何ですか?」

「――!!」


 その瞬間――、道満は事態が最悪の方に転がっている事実を知る。今自分の身にかかっている呪は、かの栄念法師にかけられた呪であり。


「――貴方は、その呪で操られているのでは?」

「違う――これは」


 道満は事実を話そうとするが――、彼らにとっては、ただの言い訳にしか見えない。


「ふん――、妖魔王に妖術でもかけられて操られたか」


 そう源次が言い放つ。もはや最悪な事態に至っていた。


「――道満様。我々はこれより妖魔王の屋敷へと向かいます。だから――」


 頼光は顔で、その場にいる荒太郎と金太郎を促す。


「――二人とも……、道満殿を見張っていてください」

「――わかった」


 荒太郎がそう言って笑った。


(――……、拙僧(おれ)は甘かった――。このような事態になることを予想できぬとは……)


 道満は自分の考えの甘さに項垂れた。


 ――そして、その二人を除いた頼光達は、霊山の頂上を目指して歩き始める。道満は黙ってそれを見送るほかなかった。



◆◇◆



「――拙僧(おれ)は……」


 道満は――ここに至って後悔をする。

 自分は――師の下で修業して……、多くの経験を積んで成長したつもりだった。もはや師をも越えることが出来ると信じていた。

 しかし――、それはあまりに浅はかな考えであったのだ。


(――愚かだ――、拙僧(おれ)は――、”あの時”と何も変わってはいない――)


 道満はかつてを想う――、自分が自分の力不足を痛感した”あの事件”の事を。彼はだからこそ平安京へと向かい――晴明の弟子となった。


「く――」


 道満の悔しそうな目を見つめて。不意に荒太郎が言葉を発した。


「――で? おぬしはそのままかの姫たちを見捨てると?」

「――!!」


 その不意の言葉に驚きを隠せない道満。


「拙者――、おぬしより多少は長く生きておるゆえに。おぬしが嘘を言っているかどうかはわかる」

「――」

「で? おぬしはこのまま何もせず――事態を見守ると?」


 道満は荒太郎を見て言った。


「――そんな事は出来ぬ」

「ならばどうする?」


 そういう荒太郎に、金太郎が言う。


「おい!! 兄貴!! コイツの――道満の戯言を信じるのか?」

「――お前は黙っておれ――」


 荒太郎の顔にはいつもの笑顔がない。それを見て押し黙る金太郎。


「拙者は――、頼光様の配下ゆえ、その命は絶対である――。だからこの場に道満殿を止めることが今の使命――」

「荒太郎殿――」

「――だが――、もし拙者がおぬしに倒され――、突破されてしまったなら……。拙者にはおぬしを止める手立てはない……」


 道満はその荒太郎の言葉に――、一つの決意をした。


拙僧(おれ)は――」

「勘違いするな? 拙者は手加減をするつもりはない――。そもそも、拙者が手加減しても――、先に進む頼光様達を止められるとは、拙者には思えぬのだ――」


 ――だが――、


「腹をくくれ――蘆屋道満!! お前が本当に操られておらぬのなら――、拙者など押しのけて姫やかの妖魔を救いにいけ!!」

「む――」

「拙者は――妖魔に操られる程度の弱虫に負ける者ではない――。なぜなら……」


 ――拙者は――頼光四天王が一人故――。


 その言葉を聞いた時――、道満はもはや後悔をすることを辞めた。


 ――拙僧(おれ)は――、約束を違えぬ――!!

 拙僧(おれ)は――姫と静寂の想いを信じた――!!


 ――ならばこれからすることはただ一つ――。


「荒太郎殿――感謝する……。拙僧(おれ)は目が覚めた――、だからせめて痛みを感じぬように――」


 ――一瞬でかたをつける!!


 かくして蘆屋道満は――、自身が信じた想いを救うべく――、

 遥か姫達の待つ屋敷を目指し――奔ることとなったのである。

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