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呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~  作者: 武無由乃
第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
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第十五話 妖魔は姫の想いを知り、妖魔は初めての涙を流す

 小倉直光――、この男、狩りが趣味であった。

 その日、趣味の狩りをするべく、新たな狩場とされる三つ蛇岳のふもとにいた彼は、同行していた娘を狩りに集中するあまり迷子にさせてしまう。

 ――その姫は、馬からすら落馬し……、全身に傷を負って森を彷徨う羽目になり――、迷い歩く脚は霊山の奥へと向かっていた。


「――うう、父上……」


 涙を流しながら霊山を彷徨い歩く姫の前に、突然強大な体躯の鎧武者のような妖魔が現れる。姫はあまりの恐怖に小便を漏らしながら腰を抜かした。


「ああ――、食べないで……ください」

「――」

「どうか――私はおいしくないです」

「――ふむ」


 その妖魔は小さく頷くと娘に手を差し伸べる。恐る恐るその手を取った姫は――、


「あの――」

「その様子では――、妙な病気にかかるやもしれぬ……。わが屋敷に来るがいい」


 妖魔はその体躯に似合わぬ優しい声で言ったのである。



◆◇◆



 妖魔の屋敷にたどり着いて湯を貸してもらい――、衣服を着替えた姫は……妖魔に傷薬を塗られながら言う。


「あの――ありがとう……ございます。妖魔様――」

「いや――わしの名は”千脚大王”だ――」

「千脚? それは――」

「うむ――、これでも本体は大百足であるからな」

「む――百足!!」


 その言葉に小さく悲鳴を上げて後退る姫。その態度に少し言葉を小さくして妖魔は言った。


「――ふ、やはり――わしは恐ろしいか?」

「あ――ごめんなさい!! そうではないのです!! 私は――蟲が大の苦手で……」

「むう――、わしは蟲そのものだから……。要はわしを恐れておることに違いはあるいまい?」

「あ――」


 その妖魔の寂しそうな言葉に、姫は瞳に涙をためて言葉を返した。


「ごめんなさい!! 妖魔様!! ――助けてもらいながら……」

「いや――構わぬさ……。わしが勝手にしていることだ」

「――ごめん……なさい」


 震えながらそう涙する姫に、妖魔は優し気に言った。


「フフ――、気にするでない。このわしは人に恐れられることには慣れている。所詮は年経ただけの百足――、常に嫌われるものだ……」

「――そんな」


 姫は震えつつもその妖魔の手に触れる。その目には一杯涙をためていたが。


「怖いのなら――触れずとも好いぞ?」

「――いいえ、怖くありません!! 蟲は嫌いですが――、妖魔様は嫌いではありません!!」


 明らかにやせ我慢する姫を見て――、千脚大王は優しげに笑った。



◆◇◆



「わ――遥か果てを見渡せる!! すごい妖魔様!!」

「ふふ――そんなに動くと落ちるぞ?」


 姫は現在、千脚大王の肩に乗って霊山を降りている最中である。

 すでに姫は妖魔を蟲だと恐れることもなく、その頭に手を置いて楽しげに笑っている。


「――この景色……もっと見ていたい」

「それは――、そうもいかぬだろう? おぬしの父上が待っておる」

「――もう一度、ここを訪ねていい?」

「――」


 その姫の言葉に千脚大王は口ごもる。


「――それは――、無理であろうな……。この三つ蛇岳には”幾体もの龍神を喰らった恐ろしい大百足が住む”――と噂になっておる故」

「なぜ――そんなでたらめを?」

「――人とは……未知を恐れるものだ――。特にこのわしの体躯では」


 その言葉を聞いて、姫は少し考えて言った。


「妖魔様は――、変化は出来ないの?」

「む? 多少はできるが――」

「ならば――、人に化けて都へといらしてください――。きっと私は貴方に恩返しを致します」

「しかし――」


 そう口ごもる千脚大王に――、姫は楽しげに答えた。


「ならば――、人の姿にふさわしいお名前も考えないと――。そうですね――、とても静かな話し方をしますから”静寂(せいじゃく)”様――というのは?」

「静寂――」


 それを聞いて千脚大王のその瞳は小さく光る。


「どうです?」

「――とても、良い名だ――」


 心から楽し気な言葉を発する千脚大王――。こうして妖魔王・千脚大王は”静寂”となった。



◆◇◆



 姫が森に迷い――、そして父親に助けられて幾月が経った。その後より姫は、どこかしらの男と逢瀬を重ねるようになった。


「――一体どこの誰だ? 調べよ!!」


 小倉直光は怒り顔で配下の者に調べさせる。そして――、その逢瀬の相手が静寂という名であり、いつも都の外より姫のもとへと通っていることを知る。

 そのような何処の馬の骨ともわからぬ輩に姫を渡すわけには――、そう考えていた直光は、かねてから進めていた婚姻話を強引に進める。

 そして――あの日、


「父上――、なぜ話を聞いていただけないのです?!」

「は――、当然であろう? 貴様――どこの誰と会っておるのだ!!」

「それは――」

「嫁入り前でなんと破廉恥な――。このようなことが無きよう……お前は嫁に行かせる!!」

「そんな――」


 姫は涙を流し――、父は怒りに震える――。そんな時――、


「直光さま――、門前に――」

「なんだ?」


 配下の言葉に急いで門前に向かう直光。その直光の屋敷の門前に一人の男が跪いていた。

 その男は門に向かって言った。


「小倉直光様――、わしは姫と幾度か会っていた男でございます。どうかお話をいたしたく――」

「ふん? 貴様が破廉恥な馬鹿を行った男か!! 話だと?」

「わしは真剣に姫を想うております――。どうか姫との間を――」

「認めろと? 馬鹿を言うな!!」


 男の言葉に激しい叱責を返す直光。それでも男は頭を下げた。


「どうかこの通りでございます!! ――もはやわしは姫なしでは生きてはいけぬのです!!」

「しらんしらん!! 貴様のことなど知った事ではない!! 勝手に死ね!!」

「どうか――、どうか」


 ただ頭を下げる男の方へと歩み寄った直光は、――その男を足蹴にした。


「う――」

「は!! この破廉恥な愚か者が!! 死ね!! 死んでしまえ!!」

「く――」


 それでも男は無抵抗で足蹴にされる。それを見咎めて姫が走った。


「やめて!! 父上!! ――どうか静寂様を許して!!」

「は――知らん知らん!!」

「――父上!! こうなったら――」


 不意に姫は思いつめた表情になる。それを足蹴にされる男――静寂は見咎めた。


「姫――いけない!!」

「父上!! 聞いてください!!」


 姫は決意の表情で言う。それを見た直光は男を足蹴にするのを一瞬だけ辞める。そして――、


「父上――、私は――、私のお腹には」

「む? まさか――」


 それは直光にとって最悪ともいえる事実。


「静寂様の――ややが宿っております」

「な!!」


 あまりの事に目を見開く直光。そしてその目は一瞬で細くなった。


「この愚か者が!!」


 ――次の瞬間、その腰に差していた刀を直光引き抜く。そして、それをこともあろうに姫に向かって振るった。


「姫!!」


 静寂の悲鳴が門前に響く。――血しぶきが飛んだ。


「あ――」


 いきなりの事態に意識を失う姫。それを見た静寂は――、


「貴様あああああああああああああああ!!」


 直光に向かって怒りの咆哮を上げたのである。

 その瞬間、変化が解けて巨大な体躯の武者へと変じる静寂。それを見て直光は腰を抜かした。


「娘を――、姫を切るとは――、貴様は――!!」


 怒りに我を忘れる静寂はその腕を直光へと伸ばした。その瞬間――直光は叫ぶ。


「ああ!! 妖魔だ!! こ奴妖魔だぞ!! ――我が娘は妖術で惑わされていたのか!!」

「ぬ――」


 その言葉に一瞬で静寂の怒りがさめた。


(――ああ、なんということ……、わしは結局――姫と父親の仲を壊して……)


 彼はただ心の中で姫との出会いを後悔する。ただ救って――、何もせず返し――そして二度と会わぬのが正解であったのだろう。


「――く、わしは……」


 その大きな体躯を小さくして項垂れる妖魔を見て、殺気立つ屋敷の兵たち――、そして直光も。


「早く術者や検非違使を呼べ――、この悪しき妖魔を殺すのだ!!」

「――」


 この事態に、もはや生きる意味を失った千脚大王は、その場に跪く。


(――ああ、姫――、わしはおぬしとの逢瀬を知ってしまった――。それがもはや失われるのならば――)


 ――自分が生きている意味はないだろう。


 妖魔の周囲を多くの兵が取り囲む。そして――、


「覚悟せよ!!」


 兵達の声が響いた。


(――ああ、楽しかった――、生まれてから――初めての想いを知った。それだけでわしは幸福せであった――)


 ただ姫を想って調伏を待つ妖魔に――、その耳に誰よりも知る声が聞こえた。


「だめええええええ!! 静寂様を殺さないで!!」


 それはかの姫――、並ぶ兵達を目前に、手を広げて千脚大王を守る。


「姫――、ダメだ――、それでは」

「静寂様――大丈夫です。私が守ります」

「――」


 あまりの事態にそれを見ていた直光が叫んだ。


「なんと愚かな――、完全に妖魔に取り込まれたか娘!!」

「父上――違います!! 私は――」

「妖魔の子をはらみ――、挙句にその心すら取り込まれたならば――」


 直光は自分の娘であったモノに冷たい目を向けた。その意味を察して千脚大王は立ち上がった。


「いけない!! 姫!! こちらに!!」

「はい!! 静寂様!!」


 その次の瞬間――、千脚大王はそのあまりにも巨大な源身――、大百足の正体を現した。


「あああああ!!」


 その姿に腰を抜かす直光。


「ああ――、三つ蛇岳の――大百足?!」

「――」


 その直光の言葉に答えることなく。姫を頭に乗せた大百足は、周囲の兵を蹴散らして都の門へと向かった。


「――姫……」

「は――はい」


 少し震える姫に、千脚大王は優しい言葉をかける。


「わしの姿は――恐ろしいか?」

「は――はい、私は蟲が嫌いですから――、本当に恐ろしくて腰が抜けそうです」

「そうか――、すまんな……わしがこのような化け物で――」

「いいえ――静寂様」


 その時、姫は確かに震える体で、目に涙をためながら”静寂”に向かって笑顔を向けた。


「蟲が怖くても――、その気持ち悪さはすぐに慣れます。そんな恐怖より――、私の静寂様への想いは強いのですから」

「ああ――姫」


 その言葉に静寂は――、生まれて初めての涙を流す。そして――、


 ――その妖魔王は――、姫を命を懸けて守ると誓ったのである。



 ――そして、時は現在へと戻る。

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