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呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~  作者: 武無由乃
第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
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第十四話 一同は迷いの森に捕らわれ、道満は妖魔の屋敷にたどり着く

「――嫌な予感というのは、当たるものだな」


 道満は、深い森の奥、ただ一人で佇み呟く。

 現在、共に妖魔王・千脚大王の館を目指していた頼光他は傍におらず、長い間同じところをぐるぐると歩き回り――迷っている状態である。

 道満はため息をついて呟いた。


「これは――、ほかの者も、拙僧(おれ)と同じ状態であろう」


 それは予想ではなく、明確な確信――。先ほどの戦いの最後に浴びた薬煙……。


(ふ――やってくれた。アレは我らにこの呪を仕掛けるための前提であったか)


 要は――、我々の心に通じる隙間を造り、そして森に仕掛けられた何らかの呪もって暗示をかけるのがこの罠の仕組みであり――。


(おそらくこれでは――、仮に抵抗のための呪を使っていても……)


 もはや、この呪は呪法というより、森全体に仕掛けられた”暗示”の罠。単純な耐性などでどうこうできるものではなく……。


(どうも妖しいと感じていたが――、おそらくはかの妖魔には”頭脳”がおるな――)


 こういった呪術は派手で強力無比な呪法とは趣が異なる系統であり――、その道の専門家でない限りここまでのものを扱えることはない。

 かの妖魔王がそれに長けているようには、――道満には思えなかった。


(――この罠の真髄は――、薬効を用い呪を介した精神暗示を相手に仕掛けるところにある)


 ――ならば、この森は別に巨大な迷路にでもなったというわけではなく、自分自身の感覚が狂っているから、迷ってしまっているだけで――。


(要は感覚に頼らねばよい――)


 道満はニヤリと笑うと、懐からヒトガタを取り出す。そして――、


「ふ――、とりあえずこれで」


 不意に道満の前に師である安倍晴明が現れる。


「ふふ――師よ……、どうか道案内をお願いいたすぞ?」


 迷い森の中心で一人笑う道満は、その目をしっかりと瞑り、その師の手に引かれて森を進んでいったのである。



◆◇◆



「ふふ――、皆、森で迷うておるようですな」

「そうか――、ならばここが潮時であろう」


 やっと戦場の準備は整った。迷い森に惑わされ――お互いに離れた位置にある頼光とその配下たち。これを各個撃破するなら今を置いて他にはない。


「――栄念法師よ……よくやったこれで……は」

「そうですな――、いくら一騎当千の強者揃いでも、一人ひとり相手をすれば――。これで――……様の”安全”は確保されまする」


 その言葉に千脚大王は深く頷く。


「栄念法師よ――このような事態、すまぬな……」

「はは――何をおっしゃる大王。……この栄念――、大王と出会えて幸運でありましたぞ?」

「初めはそうではなかった――か?」

「――まあ、そうですな……。どれだけ怖い思いをしたか」


 千脚大王の言葉に法師は朗らかに笑う。


「でも――その恐怖も何もかも……結局」


 ――と、不意に法師が真剣な表情に変わる。


「なんとした? 栄念法師よ――」

「まさか――そんな……。大王のお屋敷に一人迫る者が――」

「!!」


 その法師の言葉に驚きを隠せない千脚大王。


「く――、今が攻め時だというのに……これでは」

「――く」


 法師の言葉を聞いた千脚大王は、すぐに判断を下した。


「館に戻る――、姫を取り戻されるわけにはいかぬ」


 それは――、巧妙な罠で作った千載一遇のチャンスを自ら壊す行いであった。



◆◇◆



「――ほう? ここが?」


 森の奥に開けたところがあり、そこにかなり大きな屋敷がある。その周囲の壁は草が茂り半ば森と同化している。


「さて――、ここがかの妖魔王の屋敷――か?」


 そうして、その屋敷の周囲を眺めていると。不意に自分を見つめる視線に気づいた。


「む?」

「あ!」


 屋敷の門が少し開き――小さな瞳がのぞいている。それは確かに人の目であり――。


「おい――お前」

「――!!」


 その瞬間門が閉まる。道満は一息ため息をつくと、その扉へと歩み寄った。


「ふむ?」


 門には錠の類は見当たらない。そしておそらく閉め切られてもおらず――。


「ふ――」


 門に手で触れて押すと――、門は容易に開いた。


「ああ!!」


 その瞬間、女の悲鳴が土が擦れる音とともに響く――。道満は慎重に門の向こうを覗き見た。そこには――、


「ああ!! 見つかちゃった!! 父上の手のものか……」


 そこに地面に転がって悲鳴を上げるのは――、その歳十代前半と思われる娘であった。


「――」

「く――、まさか静寂(せいじゃく)様の留守に来るとは――何と卑怯な」

「おぬしは――」


 その場に座って喚き散らす娘に、道満は少々困惑した表情で言葉を返した。


「まさか――小倉直光殿の――、娘であるか?」

「は? だったらどうする?! 私は帰らぬぞ?!」


 その時――、道満の心にとてつもない嫌な予感が広がった。だから――慎重に言葉を選んで娘に向かって言った。


「――まさか……おぬしは妖魔王に――攫われてきたのではないのか?」

「――は!! 当然じゃ!! 私は静寂(せいじゃく)様の妻になるのだからな!!」


 ――それを聞いて……、道満は頭を抱えるほかなかったのである。

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