第8作品目:親父と妹の帽子についての考えと、新時代を生きる家族の姿を語りたいと思う
帽子をかぶるのはファションでもある。ではウィッグなどはどうだろうか。ひと昔前の時代ならカツラをつけているだけでバカにされたかもしれない。
しかし今の時代は帽子と同じように、着ていく服や気分に合わせてかぶる時代になったようだ────。
企画投稿時は[ヒューマンドラマ 〔文芸〕]作品でした。
・作品についての思いやお話しなどは後書きに掲載します。
勘の良い方ならば親父と妹の帽子の共通認識の違いに、すぐにピンと来ただろう。この話しは非常にセンシティブな内容が含まれている。ハラスメントに値する表現になるのだが、身内の事なのであえて語らせてもらうとしよう。
俺の親父は、いわば頭髪の薄い星の人間だ。遺伝ではないようなので、若い時分に苦労したせいかもしれない。その親父の頭には見事に酸性雨の塊の隕石が衝突したかのようにクレーターがあった。
万年ヅラ生活────そんな親父だったが、技術の進歩のおかげで自然なヅラを……ウィッグを手に入れてからはお洒落なおじさまに進化した。
親父にヅラ……ウィッグを奨めたのは妹だ。彼女は配信系コスプレイヤーでもあり、髪の色も量も形も瞳の色まで自在に変える事が可能だった。
親父くらいの更地のほうがやりやすいらしい。髪が薄い事に悩んでいたのに、むしろ鼻や顎までの脱毛を喜ぶ矛盾に気づかない親父────。
「まるで魔法のようだ」
親父はまさに魔女に出会ったシンデレラのように、キラキラしていた。
────良くない兆候だ。
「カラコンを入れたのよ」
流石はプロ。自分の親父樣の頭部の酸性雨林を、配信素材にするため気合が入っている。
親父も髪が揃うと、見てくれはまあ悪くない。
「むしろイケオジで売れるよ」
売り物にする気満々の妹。だが、世間は頭髪に敏感で厳しいのだよ。
「何言ってるの。今や髪は帽子と同じファションの時代だよ。お父さんだって、モテたいんでしょ?」
コクコク頷く親父。待て、親父────騙されるな。その悪魔の正体を忘れていやしないか。
そいつは妹の皮を被った……親父の息子だぞ。モテる相手の意味が親父と妹では認識がズレてるよ────ヅラだけに。
親父は四十半ばにして覚醒した。
女性社員の方々には持て囃されたそうだ。ただし本当の意味、親父の思う形でモテてていたのかどうかは、わからない。
驚きの変身を遂げた事を、受け入れてくれる会社で良かったと思う。
「それじゃあ兄さんも、諦めて変身しようか。知ってるんだよ、最近帽子で隠したがってるの」
まさに小悪魔の微笑み……。お袋似の妹と違って、親父似の俺は抵抗虚しく受け入れざるを得なかった。
だが魂まで売る気はない。俺は普通に女の子と恋をしたいのだ。
「はぁ? ムリムリ。今のままじゃ、そのまま魔法使いにジョブチェンジするのがオチだよ」
容赦のない小悪魔の言葉の刃が、俺の繊細な魂の砦を削りにくる────
────────親子三人揃ってのメイクアップ配信動画は、素人集団としてはそれなりに好評だった。
妹は男の娘だが、俺はただの女装男子だ。親父はもう新たな世界へと染まりつつある。
親父の心変わりを一番喜んでいたのはお袋だ。お袋への気遣いが、以前と段違いだそうだ。
そんなわけで、俺の家族は変革の時代を柔軟に受け入れられたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
現代社会は欠点を隠したり揶揄したりするよりも、最新技術を使ってパワーアップする時代になったようです。
生身の自然体でいる事の方が貴重で少数派になってゆくのかもしれませんね。