第一章 ~『レオパルドの恐怖 ★レオパルド視点』~
『レオパルド公爵視点』
クラリスとの顔合わせを終えたレオパルドは額に汗を浮かべながら自宅へと帰る。屋敷の扉を開けると、豪華な玄関が出迎えてくれるが、見渡す限りのすべての調度品が商会からの支援金で購入したものだ。
他人の力を借りないと生きていけない現状に歯痒い想いを感じながら、私室へと戻る。そこには栗色の髪の美女が彼の帰りを待っていた。
「レオパルド、遅いですわよ」
「待たせたな、シャリアンテ」
シャリアンテと呼ばれた少女は、レオパルドの浮気相手だった。胸元をはだけさせ、妖艶な雰囲気を放つ彼女は、男なら誰もが鼻を伸ばすほどに美しい。そんな彼女の隣に腰掛け、小さく溜息を吐く。
「疲れていますのね」
「色々あってな」
「それで、婚約者のクラリスはどうでしたの?」
「想定外の人間性だった……」
「いつも教室の端で読書している根暗ですもの。貴族社会ではあまりいないタイプですものね」
「確かに珍しい性格ではある。だがそれは温厚だからとか、根暗だとか、そんなちゃちなものではない。隙を見せれば、こちらが食われかねない。油断できない相手だ」
「ふ~ん」
シャリアンテはその内容に懐疑的だ。クラスメイトである彼女は、クラリスの存在も知っていたが、子犬のように弱々しい存在だと認識していたからだ。
「もしかして私との計画に及び腰になりましたの?」
「本音を言うと、少しだけ恐れている……」
計画とはクラリスと結婚し、資金援助を受けつつ、その裏ではシャリアンテと睦まじい毎日を過ごすというものだ。
要するに彼らは、クラリスを金蔓として利用するつもりだったのだ。
「え~、私、納得できませんわ」
「仕方ないだろう。もし浮気が露呈すれば、あの女は俺の次期領主の座を潰しに来る。領主になれない貴族は酷いモノだ。他の貴族の使用人になったり、軍で働いたりすることになる。だが俺に肉体労働が務まると思うか?」
「思いませんわね」
「俺のようなエリートは頭を使って生きていくべきなのだ。だからこそ領主の座は譲れない。特に浮気で勘当されたとなれば、最悪、貴族や軍に仕えることさえできず、平民と同じ職場で働く嵌めになる。惨めな毎日に俺はきっと耐えられない」
浮気癖のある男を雇い入れれば、トラブルの元になる。抜きんでた才覚があるなら話は別だが、レオパルドは容姿以外に秀でた能力もないため、それも難しい。
「俺が平民のようになってもいいのか?」
「絶対に嫌ですわ」
「俺も嫌だ。だからこそ領主の地位を死守しなければならないのだ」
レオパルドは立場を守るために及び腰になっている。そんな彼の態度がシャリアンテを突き動かした。
「なら私に任せておいてくださいまし。手を打つことにしますわ」
「何をする気だ」
「ふふ、秘密ですわ」
シャリアンテは鼻歌混じりに部屋を後にする。そのご機嫌な背中に声をかけるが、動き出した彼女が止まることはなかった。