第一章 ~『父親の呼び出し』~
サラのいじめが証拠と共に露呈したことで、父親のグランが屋敷に呼び出された。髭面の大きな体つきの男は工場で働く職員のリーダーであり、労働組合の長も務めていた。
「ルドルフさん、娘がいじめをしていたと聞きましたが、本当なのですか?」
四人掛けのテーブルに、サラ親子とルドルフ、そしてシンシアが腰掛けている。娘の無実を信じているのか、いじめの話には懐疑的だ。
「まずは証拠の映像を見て欲しい」
水晶に保存されていた記録が壁に映し出される。そのあまりに横暴な映像に、グランの顔色が見る見る内に青ざめていく。
「す、すいませんでした!」
視聴を終えたグランが頭を下げる。謝罪に真っ先に反応したのはシンシアだった。
「私はとても傷ついてしまいました。あなたの娘のせいで人間不信に陥ったのですから、この罪は重いです」
「もちろん慰謝料を用意するつもりです」
「貴族相手に暴力を振るったのですよ。お金で解決できる問題ではありません。裁判に発展すれば、最悪の場合、懲役刑もありえます」
「――ッ……」
嘘ではない。過去の判例でも悪質ないじめで、被害者が重度の怪我を負った際、加害者に無期の懲役判決が下っている。
(今回のケースではビンタと侮辱ですから、罰金刑が精々だと思います。ですが、わざわざ教えてあげる義理もありませんからね)
交渉を有利に進めるためには主導権を握らなければならない。サラ親子は暗澹とした未来を想像し、俯いていた。
「あの、謝るから、許して欲しいの。クラリスが望むことなら何だってするから」
「あなたにできることなんて何もありません……ですが、父親のグラン様なら話は別かもしれませんが……」
「私ですか……なるほど……ストライキを止めさせれば、娘の罪の追求を止めて頂けると?」
「さて、何のことでしょう?」
もし肯定すれば、脅したと解釈される危険がある。あくまでグランが自発的に行動するように仕向ける必要がある。
「分かりました。ストライキを止めるべきだと判断したのは、すべて私の独断です。数日頂ければ、仲間たちを納得してみせます」
娘と会社の同僚、どちらを優先するか、グランの中で答えは出ていた。すぐにでも行動するべく、彼は席を立つ。そして帰り際、ルドルフに笑みを向ける。
「これほどに素晴らしい後継者がいるのなら、商会は将来も安泰ですね」
「ああ。私もそう思うよ」
クラリスに頼もしさを覚えながら、グランは去っていく。ルドルフの顔も悩みが消え、晴れやかなものへと変化していたのだった。