第一章 ~『悪女のサラ』~
使用人に案内されて、友人のサラがクラリスの私室に入室してくる。扉を使用人が閉じるまでは温厚な笑みを浮かべていた彼女だが、閉じられた瞬間、怒りで眉根を寄せる。黒髪黒目の地味で温和な顔付きが般若のように変化した。
「随分と私を待たせたわね。まずは謝罪しなさい」
「謝罪ですか?」
「そうよ! いつものように土下座するの! あ、そうそう、絶対服従の宣言も忘れちゃ駄目だからね」
サラは平民の身分に劣等感を抱いていた。だからこそ貴族のクラリスに服従を宣言させ、自分が上の立場であると実感することに喜びを覚えていた。
「さぁ、早く土下座しなさい。友達がいないあんたの友人になってあげたんだから、私の奴隷になるのも当然の要求よね」
「………」
「あ、それと、お菓子とジュースも用意させなさい。毎月の友達料も忘れちゃ駄目よ」
シンシアは呆れて何も言えなかった。黙り込んでいると、サラの不機嫌な顔がますます酷くなっていく。
「言いたいことがあるなら何か言いなさいよ!」
「では遠慮なく。こんな非常識な子供に育てた親の顔を拝見してみたいですね。きっと良き反面教師になるはずですから」
「あ、あなた……ぐっ――このっ――ッ」
格下だと馬鹿にしていたクラリスの挑発に我慢できなかったのか、サラはビンタを放つ。パシンという張り手の音と共に、彼女の頬に真っ赤な跡が残された。
「クラリスの分際で私を馬鹿にして! ムカツク! ムカツク!」
サラがシンシアのお腹を何度も殴る。傷痕が多ければ多いほど、決定的な証拠となる。グッと我慢して、彼女が耐えていると、扉がノックされた。
「物音が聞こえたが何かあったのか?」
「い、いえ、クラリスと遊んでいただけです」
焦って、取り繕うとするが、シンシアの頬に刻まれた赤くなった跡だけは隠せない。
「ねぇ、あんた、転んだって嘘吐きなさい。間抜けなあんたなら、十分にありえる話だから、きっと信じてもらえるわ」
「ふふ、お断りします。それと、これはお返しです」
殴られて、そのまま許してやるほど、シンシアは甘くない。ワザと大きな音が鳴るように、パチンとビンタをサラの頬に炸裂させる。
その音がキッカケになり、ルドルフは扉を開ける。頬が赤く染まった二人の子供を見て、状況を察する。
「ここまですべて予定通りか……とはいえ、私の人の見る目のなさは反省すべきだな」
「ど、どういうことですか?」
「君がとんでもない子供だったということだよ、サラ」
見透かされていると悟ったサラは、状況証拠から有利な立場を作り出すために保身に走る。
「違うんです、先に手を出したのははクラリスなんです。それでカッとなって、叩き返してしまって……貴族のご令嬢を叩いたのは反省すべきですが、私だけが悪いわけではないです」
「ということだが、クラリスの言い分はあるか?」
「私からは何もありませんよ」
てっきり罪を告発すると身構えていたサラは拍子抜けしてしまう。最後の最後で腰が引けたのだ。
勝ったと、笑みを浮かべるサラだが、そんな彼女に引導を渡すべく、シンシアは立ち上がると、部屋の端に置かれていた水晶型の魔道具を突きつけた。
「じゃーん、私が弁明を口にしなくとも、この部屋の様子はすべて配信、録画されていたんです」
「――――ッ」
「ふふ、ではサラ。これからは大人を交えて、お話ししましょうか?」
いつもの大人しい令嬢とは違う。獲物を追い詰める獅子のような笑みに、サラは震え上がるのだった。