第一章 ~『息子のルドルフとの再会』~
話し合いを終えたレオパルドが退室し、代わるようにシンシアの息子であり、クラリスの父でもあるルドルフが顔を出す。
クラリスの銀髪青目は彼譲りだ。五年の月日で生まれた苦労がそうさせたのか、皺の数が増えている。
だが心配するようにクラリスの顔を覗き込む様子から、外見はともかく、娘想いの内面は変わっていないと安堵する。
「レオパルド公爵はどうだった?」
「周囲から甘やかされて育ったのでしょうね。プライドが高く、人格に難がありました」
「そ、そうか……もしクラリスが結婚を望まないなら、私は……」
「いえ、この婚約はこのまま進めましょう」
「無理をしなくていいんだぞ?」
「本心から彼を望んでいますよ。なにせ自尊心の高い人物は操るのも容易ですから。商会の利益に繋げるのなら、彼より相応しい人物はそういません」
婚約破棄するにしても、レオパルドが有責でなければ旨味がない。現状ではシンシアから婚約破棄を突きつけるつもりはなかった。
「無口な娘だと思っていたが……亡くなったクラリスのお婆さんに似てきたな」
「それは褒めていますか?」
「もちろんだ。あの人は私よりも優秀だったからな」
シンシアの口元に苦笑いが浮かぶ。正体は本人そのものなのだが、ルドルフに明かすことはない。
望んでのことではないが、娘の身体を奪われたと知れば、きっとショックを受ける。いまはまだ秘密を貫きとおすつもりだった。
(それにいずれは私も成仏するでしょうから……)
この転生現象がどれくらいの期間続くのかは読めないが、いつか終わりが来るはずだ。だからこそ、現世に止まり続けている間に、少しでも孫娘やルドルフの役に立ちたいと願っていた。
「まぁ、理由はどうあれ、クラリスが気に入ったのなら何よりだ。これで商会のビジネスも上手くいくはずだ」
ルドルフの表情には疲れが浮かんでいる。才能だけなら一流の彼だが、経営者としてはまだまだ経験が足りない。シンシアを失い、彼が商会を継いでから五年の月日が流れたが、不慣れな経営の中で問題が山積みになっていたのだ。
「お父様がお疲れのようなら、私が仕事を代わりましょうか?」
「ははは、娘にも心配されるほど表情に現れていたか……だが気持ちだけで十分だ。なにせ商会所有の工場で起きたストライキが悩みの種だからな。クラリスにできることはなにもない」
「そうですか……」
シンシアが経営していた頃もよくストライキに頭を悩まされた。工場がストップすれば、その分、売上が下がる。だが労働者の要求をすべて受け入れては、経営が立ち行かなくなる。簡単には解決しない問題だ。
「失礼します、クラリス様の御友人がいらっしゃいました」
使用人の女性が扉越しに伝えてくれる。その友人には心当たりがあった。平民の娘で、名前はサラ。クラリスの唯一の友だった。
「あの娘か……労働組合の長の娘だし、何より平民の多様な価値観を知るのは悪いことではない。仲良くしてあげなさい」
「いいえ、できませんね。なにせサラは私をいじめていますから」
「なんだとっ!」
クラリスが塞ぎ込む一因となったのも、サラの存在が大きい。唯一の友人だからと関係性を断ち切れなかったクラリスと違い、シンシアにとって害のある友人は友ではない。容赦なく切り捨てることを決断する。
「その話は本当なのか……」
「私が嘘を吐くと?」
「いや、しかし……温厚そうな娘だったぞ」
「猫を被るのが得意なだけです。今後、経営者として生きていくなら人を見る目を養ってくださいね」
「あ、ああ」
娘の有無を言わさぬ言葉に頷くしかない。一方、クラリスは部屋の隅に水晶型の魔道具を設置し始める。
魔導具とは魔力で稼働する不思議なアイテムのことで、火を出したり、部屋を明るくしたり、機能ごとの効力を発揮できる。設置された水晶型の魔道具は、映像を録画と配信する機能を備えていた。
「その魔導具で何をするつもりだ」
「いじめの動かぬ証拠を用意するんです。お父様は別室で待機していてください。面白い光景をお見せしますから」
シンシアの口元に張り付いた笑みは、温厚な少女のものではなく、老獪な商人としての顔になっていた。