第二章 ~『婚約者への謝罪 ★ルーク視点』~
『ルーク視点』
暴力事件を起こしたルークは、事情聴取のために拘束されていた。話を聞き終えた教師から解放され、今は庭の木の陰に隠れる形で芝生の上に寝転がっている。
「……っ……」
仰向きで木漏れ日を浴びながら、頬を伝う涙を拭う。悔しさと、破滅への恐怖で感情を抑えきれなかったのだ。
(そういえば、いつも泣かされていたな)
両親からの激しい指導は幼少の頃の彼には耐えがたいものだった。いつも目を赤く腫らしているような泣き虫な少年だった。
成長し、泣かなくなった彼は、強くなったのだと思い込んでいた。しかし成長したのは肉体だけで、心は子供の頃よりも弱くなっていたのかもしれない。
(昔の俺なら浮気なんてしなかったな……)
ナザリーに相応しい男になると燃えていた少年時代の彼が、今のルークを見れば軽蔑するだろう。
(退学になれば、学友たちは俺のことを落伍者だと馬鹿にするだろう。俺の人生は終わったも同然だ)
どこで道を踏み外したのかと、後悔してもしきれなかった。涙の勢いが強くなり、嗚咽を漏らし始めた彼にハンカチが差し出される。顔をあげると、そこにいたのはナザリーだった。
「拭いますか?」
「……俺を笑いに来たのか?」
「まさか。慰めに来たに決まっています……でも、あなたの泣き顔を見るのは久しぶりなので、新鮮な気持ちですね」
お互い、子供の頃は泣き虫だった。ナザリーもよく転んでは泣き、そのたびにルークが慰めていた。
「子供の頃とは立場が逆転したな」
「私もあのルークを慰める日が来るなんて驚いています……なにせ、私にとって、あなたは英雄でしたから」
ナザリーの瞳に軽蔑の色は浮かんでいない。破滅した彼を嘲笑ったりもしない。純粋な優しさに彼の胸が温かくなる。
「浮気して悪かったな……俺との婚約を破棄したいならしてくれ」
「しませんよ。だって私は子供の頃からあなたを慕ってきましたから。これからもずっと一緒です」
温かい手がルークの手を包み込んでくれる。彼女の想いが手の平から伝わり、罪悪感へと繋がる。
ルークは改めて、ナザリーに酷いことをしたのだと自覚し、少年時代の淡い恋心を取り戻した。
「ナザリー、俺は……君に謝罪しても許されないことをしたと思う。言い訳になるが、俺は自信がなかった。シャリアンテのような派手な女を恋人にして、自分の魅力を誇りたかったんだ」
「ルーク……」
「ただ気づいたんだ。本当の俺は弱い。そして愛しているのはナザリーだけだと……二度と過ちは犯さないし、生涯、君に尽くすと誓う。だからどうか、これからも傍に居させて欲しい。頼む」
ルークは額を芝生の上に押し付けて土下座する。心からの謝罪だった。
「私はあなたのことが好きですから。惚れた弱みで一度だけチャンスをあげます。今度こそ、私を幸せにしてくださいね」
「約束しよう」
悪夢から覚めたようにルークは晴れ晴れとした表情で顔をあげる。彼はもう何も恐れていない。クラスメイトからの評判が地に落ちても、両親から失望されても、ナザリーさえいればいいと思えるようになっていた。
「それと安心してください。クラリスさんが手を回してくれたおかげで、レオパルドさんは被害を訴えないそうです。友人の喧嘩として処理されますから、停学処分で許されるはずです……それと、あなたのご両親にも私の方から説明しておきました。男なら拳で喧嘩することもあると、若気の至りで許してくれるそうですよ」
「なら俺は……」
「これからも私と一緒に学園に通えるんです」
すべてを失ったと絶望していたルークだが、彼の首の皮はギリギリのところで繋がっていた。
これもすべて、浮気を明らかにせず、あくまで暴力事件として処理したおかげだった。すべてシンシアの狙い通りの結果となったのだ。
「心を入れ替えて、二人で頑張っていきましょうね」
「あ、ああ……ぐすっ……頑張るよ」
ルークの涙がさらなる熱を帯び、勢いが増す。大切なものが傍にあったと気づいた彼はもう迷わない。ナザリーのため、これからは心を入れ替えると決意するのだった。




