第二章 ~『暴かれた仮面』~
翌日、ルークはいつもより遅い時刻に学園へ辿り着いた。シンシアたちに浮気を咎められたせいで、学園へ向かう足が重くなっていたからだ。
ルークは教室の扉を開ける。いつもなら学友たちから親愛を含んだ「おはよう」の挨拶が向けられ、自己肯定感を高めるのだが、打って変わったように静まり返っている。
「おはよう、みんな」
逆にルークから挨拶を向けるが返事はない。仕方なく、自席に腰を下ろすと、事情を知るため隣の女子生徒に声をかけた。
「あのさ……」
「ひぃ――ッ」
昨日まで笑顔を向けてくれていた学友が怯えて席を立つ。
ルークは今まで学友たちに温和な態度で接してきたし、怖がらせてはいけないからと、葉巻も隠れて吸っていた。評判を守るための仮面を被ってきたのだ。
だが学友の反応から察するに、彼の仮面が外されてしまっていた。いったい何が起きているのかと頭を抱えていると、壁に張り紙があることに気づく。
「なんだ、これは……」
壁紙にはクラリスに暴力を振るおうと胸倉を掴んでいる写真と共に、『ルーク男爵、令嬢に暴力を振るう!』との見出しが躍っていた。
「クラリス……ッ」
写真は絶好のアングルから撮影されている。偶然撮られたものではなく、事前に準備していたもので間違いない。
「だが、この写真をどこから……」
屋上で身を潜められ、この構図の写真を撮れる位置は、観葉植物の裏にあるルークたちの隠れ家しかない。
「まさかクラリスもあの場所を知っていたのか……」
思い返してみれば、わざわざ屋上まで移動したのも変な話だ。人気のない場所でいいなら、屋上より近い空き教室があったからだ。
とにかくこのまま問題を放置してはおけない。ルークはクラリスのいる教室へ向かうと、ナザリーと共に談笑する彼女らの姿があった。
「クラリス!」
張り裂けるほどの大声に注目が集まる。だが誤解を解くためには好都合だ。
「俺が胸倉を掴む写真をばら撒いたな⁉」
「私がやったという証拠はあるのですか?」
「それは……」
「そもそも、仮に私が証拠写真をばら撒いたとして、何か問題がありますか?」
暴力を告発する写真を広めたとしても、社会はシンシアを正義の告発者と見做すだろう。
怒りで拳を握りしめるルークだが、暴力に訴えれば、証拠が真実だと証明することになる。
深呼吸して、落ち着いた彼は、笑みを浮かべながら周囲を見渡す。
「聞いてくれ、みんな。写真は捏造。クラリスが吐いた嘘なんだ。商会の技術力で捏造された写真なんだ」
「我が商会の技術力でも、そのようなことはできませんよ」
「君はそういうだろうね。でも、みんなは信じてくれるはずだ。商会の力は凄い。だからこそ、こういった写真の捏造も可能だと!」
王国で商会が経済力の柱となっていることは周知の事実だ。そしてその経済力は工場や魔道具製造の高い技術力のおかげでもある。
商会の優秀さが、捏造の可能性を信じさせる力となるのだ。この調子で説得できると信じたルークは、『捏造』という言葉を強調する。だが彼の浅はかな考えを、シンシアは先読みしていた。
「なら私も切り札を出すとしましょう」
「切り札?」
「胸倉を掴まれた時についた指紋の証明書です。王家から認可を受けた公的な組織のものですから、偽造の心配もありません。お納めください」
決定的な証拠の提出に、ルークの話を信じていた生徒たちは裏切られたと眉根を顰める。皆が彼を嘘吐きだと見做すが、言い逃れする術もない。
「な、なぁ、ナザリー。お前は俺の婚約者だろ。なら俺が暴力を振るっていないと証言してくれるよな?」
「私はあなたの婚約者である前に、クラリスさんの友人ですから」
「うぐっ……」
崖っぷちにまで追い込まれた彼だが、背中を押すように放送用の魔道具がノイズを鳴らす。配信用の魔道具より安価な音声を周知させるための道具だった。
「どうやら楽しい楽しい放送が始まるようですよ」
ルークの全身を悪寒が包み込み、背中に冷たい汗が流れる。間違いなく、これから起こることは彼にとっての災いだ。覚悟を決めて、耳を傾けると、聞き馴染みのある声が流れてきた。
『弱者は恐怖で屈服させればいい。暴力に訴えて黙らせてやる』
流れたのはルークが屋上で発した恫喝音声だった。シンシアは暴力の危機に晒された際、恐怖に耐えるどころか、録音しながら証拠を集めていたのだ。
「これは言い逃れできませんね」
「また、お前の仕業か!」
「さぁ、どうでしょう。ただ、あなたがやるべきことは唯一つ。この音声を止めることなのでは?」
「クソッ!」
ルークは教室を飛び出し、階段を下りる。
一階にある放送室の扉を勢いよく開くと、そこには録音音声を流す彼の友人――レオパルドの姿があったのだった。




