第二章 ~『屋上での話し合い』~
窓から差し込む夕焼けの明かりで、廊下が照らされている。授業を終えたシンシアはナザリーと合流し、目的地へと向かっていた。
「ルークは教室に残っているでしょうか?」
「事前調査では、授業後にクラスメイトと雑談してから帰宅することが多いそうですから。十中八九、この奇襲は成功します」
ルークの教室に辿り着くと、狙い通り、友人との会話を楽しんでいた。扉を開け、ナザリーと共に視線を送ると、彼の友人が存在に気づく。
「ルーク、婚約者が来ているぞ」
「あ、ああ」
ルークの表情が強張る。ナザリーだけならともかく、二人が一緒に訪れたことに不審な空気を感じ取ったからだ。
「会いに来てくれて嬉しいよ」
「ふふ、噂通り、クラスの人気者ですね」
「……君に言ったつもりはないんだがな。まぁいい、俺に何の用だ?」
「三人で腹を割って、話しませんか?」
「断る。離すならナザリーと二人っきりでだ」
やりこめられた苦い思い出がある彼が、同席を了承するはずもない。だがこれも想定の範囲内だ。
「私がいないときを狙うつもりでしょうが、機会を伺ってもナザリー様はあなたと二人で話しませんよ。ですよね?」
「はい。私と話すならクラリスさんも一緒です」
その声に迷いはない。今までの臆病なナザリーではなくなっていた。観念したのか、彼は要求を受け入れる。
「……分かった。話をしよう」
「では屋上へ向かいましょう」
「ここだと駄目なのか?」
「私は構いませんが、あなたが困ると思いますよ」
人に聞かれたらマズイ会話になると暗に悟らせる。渋々ながらもルークは大人しく従った。
移動した三人が屋上の扉を開けると、夕日の眩しさが目に飛び込んできた。ルークの眉間にも皺が寄せられ、険しい雰囲気が漂い始めた。
「……誰もいないようだな」
「あなたにとっても都合が良いと思いますよ。これからの話はきっと衝撃的ですから」
「回りくどいのは嫌いだ。本題に入ってくれ」
「では、こちらをご覧ください」
シンシアは浮気現場の写真を提示する。それだけですべてを理解したのか、ルークは感情のボルテージを上げる。
「盗撮したのか⁉」
「はい、あなたの浮気の証拠が必要でしたから」
「だが――」
「開き直ったところで、あなたの浮気をしかるべき場所に訴えれば結果は明らか。恥の上塗りになるだけですよ」
「うぐっ……」
悪事と悪事で喧嘩両成敗に持ち込もうとしたが失敗に終わる。観念したかのように思えたが、彼は態度を変化させる。
「認めよう。俺はシャリアンテと浮気している。だからどうした?」
「開き直るのですか?」
「弱者は恐怖で屈服させればいい。暴力に訴えて黙らせてやる」
ルークがシンシアの胸倉を掴む。拳を振り上げ、脅しをかけるが、彼女に怯えはみえない。
「俺は本気で殴るぞ」
「どうぞ」
「……恐ろしくないのか?」
「ふふ、むしろ、あなたを追い詰める物的証拠が増えて嬉しいくらいですよ」
「…………」
「それに、あなたは保身に走りますよ。すべてを犠牲にしてまで暴力を振るえるほど、頭は悪くないでしょうから」
女学生を殴った証拠があれば破滅は間違いなしだ。しかもその理由が浮気の証拠を揉み消すために脅したとなれば猶更だ。
観念したルークは、胸倉から手を離す。
「私とクラリスさんの友情を引き裂こうとしたのは、シャリアンテさんの命令なんですか?」
「だったらどうだっていうんだ?」
「私はあの人を許しません」
温厚なナザリーらしくない強い言葉だった。だからこそ、ルークはその言葉の真意を読み取る。
「つまり俺と別れる気はないのか?」
「浮気をしたあなたは最低ですが、大切な婚約者ですから。必ず、改心させてみせます」
「そうか……無駄な努力を精々頑張ればいい」
ルークは捨て台詞を残して去っていく。
(計画は順調ですね)
最初から話し合いでルークを説得できるとは思っていない。改心させるには一度、痛みを与える必要がある。
彼の背中を見つめながら、シンシアは目的達成に笑みを浮かべる。彼の破滅はもう目の前まで迫っているのだった。