第二章 ~『決定的な写真』~
ルークが去った後も、シンシアは庭のベンチでサンドイッチを堪能していた。
「……ナザリー様は食べないのですか?」
サンドイッチを手にしているが、ナザリーの食が進んでいない。満腹になった様子もないため、理由は察せられた。
「クラリスさんと比べて、私は意気地なしだと自覚嫌悪に陥ってしまって……食欲が湧いてこないんです」
「私は強くなんてありませんよ。どこにでもいる年頃の令嬢ですから」
「ルークに立ち向かえるのにですか?」
「ふふ、ルーク様は剣の腕前なら学園でもトップクラスです。ですが、心は弱いですから。彼のように充実している人ほど、現状を崩される恐怖を前にすると逆らえなくなるんです」
ルークは品行方正な好青年としての立場を維持しているからこそ、両親から自由を許されている。この自由を失う恐怖は、彼を怯えさせるに十分な威力があった。
「といっても、ルーク様だけが特別弱いというわけではありません。人は誰しも大切なものを守ろうとして、保身に走りますから。社会に出れば、きっとナザリー様も理解できますよ」
安定した生活のために、嫌いな上司の命令に従うのと理屈は同じだ。給金を支払われている間は上司に逆らえないように、ルークもまた今の自由を満喫するために、シンシアに従わざる負えない。
「でも……やっぱり私は不安で……クラリスさんのように私も強くなりたいんです……」
「なれますよ。いえ、今でも十分に強いです。なにせルーク様に私との交友を断つように要求されても、こうやって友達を続けてくれているではありませんか」
「でも、それは……」
「立場が上の人からの命令を断るのは勇気がいることです。きっとルーク様にも真似できないでしょう。あなたは誇ってよいのです」
シンシアの励ましに、ナザリーは顔を上げる。その瞳の奥が僅かに輝いていた。
「私、ルークに頼まれても絶対にクラリスさんと友達を止めません」
「その意気です」
前向きさを取り戻した二人は昼食を続ける。ランチボックスの中が空になるまで、談笑を楽しんだ彼女らの絆はさらに深まった。
そんな彼女らの元に金髪をウェーブさせている少女が近づいてくる。シンシアの友人になったリゼである。額に汗を浮かべ、焦っている様子から只事ではないと知る。
「リゼ様、どうかしましたか?」
「頼まれていた浮気の証拠を手に入れたの!」
「それは素晴らしいっ!」
リゼはシンシアの頼みでシャリアンテを尾行していた。レオパルドと浮気しているなら、いずれボロを出すはずだと、彼女に撮影機能のある魔道具を渡していたのである。
「ただ、その浮気相手が……」
チラチラと、リゼはナザリーの顔を一瞥する。その様子から事情を察しながらも、シンシアは写真を確認した。
(これは予想外の結果ですね)
釣れたのはレオパルドではなく、ルークとの浮気現場だった。唇を合わせており、言い逃れできない証拠だ。
「私にも見せてもらえませんか?」
「ナザリー様……ショックを受けるでしょうが構いませんか?」
「はい、強くなると決めたばかりですから」
写真を確認し、ナザリーの婚約者に対する疑念が確信へと変化した。だが涙は流さない。悲しみをグッと耐えるように、眉根を落とすだけだった。
「ショックですが、決意ができました。クラリスさんの計画を進めましょう」
「ふふ、それでこそ、私の親友です」
ルークを地獄に落とすための計画に、二人は同意する。シンシアは手に入れた写真をヒラヒラと揺らしながら、この先の展開を予想するのだった。