第二章 ~『浮気現場 ★ルーク視点』~
『ルーク視点』
怒りの感情を貯め込んだまま、学園の外れにある庭園を訪れたルークは、周りに誰もいないことを確認してから、ストレスと共に大声を吐き出した。
「なんなんだ、あの女は!」
思わず心の声を口にしてしまうほどにルークは苛立ちを覚えていた。自らを有能だと自認する彼が、手も足もでないほどにやり込められたのは、初めての経験だったからだ。
彼は感情的になりながらも、ふぅと息を吐いて心を落ち着ける。理性では撤退が正解だと理解していたため、心が頭に追いつき、冷静さを取り戻し始めた。
クラリスには、アキレス腱である両親の存在を把握されていた。そのため正面から戦うのは分が悪い。
そもそもルークが両親を苦手に感じはじめたのは幼少の頃に遡る。男爵家の出自でありながら、公爵家への婿入りを約束したことがキッカケだった。
両親は公爵家の縁者として恥ずかしくないようにと、彼を厳しく躾けた。王国軍で騎士を務めていた父親は、剣の稽古でルークを痛めつけ、青痣が身体から消える日はないほどに厳しい訓練を強いられてきた。
母親にしてもそうだ。子供のためだと学問を強要し、他の生徒にテストの点数で劣れば、鬼の形相で叱責した。
幸か不幸か、両親からの厳しい教育の結果、学園へ入学する頃には文武両道の完璧な男へと成長していた。それと同時に、品行方正な自慢の息子だと信じている両親は、彼に自由を与えるようになった。
(だが、もし本当の俺を知られれば……)
両親はルークを改めて鍛えなおそうとするだろう。鍛錬の日々を改めて耐えきれる自信はない。
「まぁいい。ナザリーは俺に惚れているんだ。クラリスがいないときに友人を止めるようにと説得すればいい」
惚れた弱みに付け込めば、ナザリーを操り人形にできる。だからこそ、彼にはまだ余裕が残っていた。
「あら? ルーク?」
庭園のベンチで昼食を満喫していたシャリアンテが、ルークの存在に気づいて立ち上がる。彼もまた彼女の存在に気づいた。
「奇遇だな……でも、どうしてここに?」
庭園は緑に溢れて景色も綺麗だが、わざわざ昼食のために訪れるには校舎から遠すぎる場所だ。
「一人の昼食は目立ちますもの。だから離れた場所で昼食を楽しんでましたの」
「苦労しているんだな」
「ふふ、あくまで一時的な苦境ですわ」
いずれ権力の座に返り咲くと、その言葉には決意が満ちていた。
「ルークはなぜここに?」
「俺は……」
言葉に詰まるルークを観察するように、視線を上から下へと滑らせた彼女は、事情を察したのか、眉根を寄せた。
「まさか失敗しましたの?」
「完全な敗北には至っていない」
「言い繕っても、結局はクラリスに手痛い目にあわされたのでしょう?」
「うっ……」
「まぁ、構いませんわ。あの女の厄介さは理解していましたもの」
「俺も心のどこかで油断していた。次からはクラリスが不在時を狙う。ナザリーを脅してでも俺の言うことに従わせてやる」
「ふふ、それでこそ私の浮気相手ですわ」
ズキリと、小さな痛みが心を刺す。婚約者を裏切って浮気しているからではない。レオパルドがシャリアンテと裏で付き合っていると気づいているにも関わらず、自分の欲望を優先したからだ。
(だがあいつもクラリスという婚約者がいながら浮気しているんだ。その相手を俺が寝取って何が悪い!)
罪悪感を拭い去るための言い訳はすぐに思いついた。それにルークは自己を中心に生きている。友人の浮気相手だからといって、シャリアンテと別れるつもりは毛頭なかった。
(これほどの美人、手放すのは惜しいからな)
内面が腐りきっているのは知っている。だがそれでも派手さのある美貌が彼を虜にしていた。
「無事、クラリスとナザリーの仲を引き裂けたら、ご褒美をあげますわね」
「それは楽しみだな」
「ふふ、これはその前払いですわ」
シャリアンテが不意打ちのようにキスをする。突然のことに驚くルークだが、唇に残った柔らかい感触に、モチベーションが湧き立たってくる。
だが彼らは気づいていなかった。傍にある茂みに人影が潜んでいることに。そして知らず知らずのうちに破滅の道へと進み始めたのだった。