第二章 ~『ルークの説得』~
曇り空の学園の内庭で、シンシアとナザリーはベンチに腰掛けながら昼食を楽しんでいた。
「クラリスさんに食べて貰いたくて、サンドイッチを作ってきました」
ランチボックスには白い小麦のパンに、卵やレタス、ハムまで挟まったサンドイッチが並んでいる。
「いつもありがとうございます」
礼を伝え、さっそく一つを手に取ってから口に含む。具材とパンの甘味が絶妙に調和していた。
「ナザリー様は本当に料理がお上手ですね」
「えへへ、材料がいいだけですよ」
「明日は私が作ってきますので、楽しみにしていてください」
二人は貴族なので、使用人に頼めば昼食くらい用意してもらえる。だが、手作りのお弁当を分け合うからことで深まる友情もある。
(この娘が友達なら、私が成仏した後もクラリスは安心ですね)
仲を深めれば深めるほど、ナザリーの心根の優しさが伝わってくる。仮にシンシアが成仏しても、良き友でい続けてくれるだろう。
「ここにいたのか、ナザリー」
「ルーク……」
小麦色に焼けた肌と引き締まった肉体を持つ男が近づいてくる。ナザリーの婚約者、ルークだ。
「はじめましてですね、ルーク様」
「ナザリーの友人かな?」
輝くような営業スマイルを向けるルークに、シンシアも愛想笑いを返す。外面が良いのは評判通りだと知る。
「私はクラリス。ナザリーの親友です」
「君が例の……丁度良い。これで手間が省ける……悪いんだが、今後、ナザリーに近づくのは止めて欲しい」
「……なぜですか?」
「君の噂は聞いている。シャリアンテを土下座させたそうだな。婚約者に君のような悪女を近づけたくない。分かってくれるだろ」
紳士的な態度だが内容は侮辱だ。受け入れられるはずもないが、シンシアが反論するよりも前に、先にナザリーが動く。
「嫌です! 私はクラリスさんと友達を止めません」
「俺の忠告が聞けないと?」
「これだけは絶対に従えません」
ナザリーの強気な態度に、ルークは面食らう。いままで従順な態度を貫いていた彼女が意思を持つようになったのだ。驚くのも当然だ。
「今日の君は随分と頑固だな」
「私は嫌われるのが怖くて、心を閉ざしてきました。でもクラリスさんと友達になって理解したんです。言いたいことを遠慮なく言えるのが本当の友情だって」
「そうか、そうか……」
ルークは紳士的な態度を崩さないが目は笑っていない。怒りの滲んだ視線を浴びて、ナザリーの手が震える。その様子に、彼は満足げだった。
「俺たちは夫婦になる。つまりは一心同体だ。この悪女と縁を切る判断は、君の判断でもあるんだ。理解できたね?」
「あ、あの……」
声を震わせるナザリーを矢面に立たせるわけにはいかない。彼女の代わりに、シンシアが動く。
「あなたの話には、筋が通っていませんね」
シンシアが反論すると、再び、彼の眉根が寄せられた。
「君の意見は求めてないんだがな」
「私に関係する話ですから、意見する権利はあるはずですよ。それに私は納得できないことには立ち向かうタイプですので」
「…………」
ルークの背中に冷たい汗が流れる。嫌な予感がするも逃げるには遅すぎた。
「あなたの主張は『私がシャリアンテ様を土下座させたクズだから友情を断ち切るべきだ』というものです。間違いありませんね?」
「ああ」
「ではなぜ私が土下座させたか知っていますか?」
「……シャリアンテが虐めたからだと聞いているな」
「あらあら、おかしいですね~。あなたの理屈だとクズとは縁を切るべきはず。ですが、あなたはシャリアンテ様とご友人のまま。私との仲を引き裂くのですから、あなたも彼女と縁を切るべきなのでは?」
「それは……」
黙り込むルークの反応は予想通りだ。シンシアの要求は正論なのだから、反論できないのも無理はない。
「納得できないのなら、あなたのクラスメイトにも意見を求めてみましょうか? なんでしたら、あなたのご両親に、ご子息の要求が正当かどうかを確認しても構いませんよ」
「ま、待ってくれ! 両親に知られたら俺は……」
慌てふためく態度からシンシアは事前調査の内容を思い出す。
(やはり両親にトラウマを抱えているようですね。クラスでの外面を気にしているのも、実家に悪い評判が伝わるのを恐れているからでしょうね)
決定的なウィークポイントを掴んだことで、シンシアが主導権を握る。場の流れを感じ取ったのか、額に汗を浮かべた彼は頭を下げる。
「俺が間違っていた。友人を止めろともう言わない」
「理解していただけましたか」
「俺は退散させてもらうよ。君たちは友情を育んでくれ」
ルークはナザリーを一瞥してから立ち去ってしまう。彼はクラリスがいては説得が難しいと理解したのだ。
(おそらく、ナザリー様が一人になったタイミングで改めて説得しに来るでしょうね)
逆に考えれば、クラリスが傍にいる限り、近づいてこないということだ。
(私の大切な友達を怯えさせた報いを受けてもらうとしましょう)
闘志を燃やしながら、ナザリーのサンドイッチを口にする。マスタードの辛味を舌の上で楽しみながら、負け犬の背中を見送るのだった。