第二章 ~『シンシアの相談』~
出迎えられたナザリーはシンシアの私室へと案内される。彼女の私室は思いの外、物が少ない。令嬢の部屋とは思えないほど、機能美に特化していた。
「こちらへどうぞ」
ソファに腰かけると、ナザリーは雲に沈むような柔らかさに目を見開く。家具のレベルも公爵家を超えていると驚く彼女を、シンシアは見逃さなかった。
「商会から発売する新商品なんです。もし気に入ったのであれば、お譲りしますよ」
「い、いえ、クラリスさんはやっぱりお金持ちなんだなと驚いただけですので……」
「ふふ、私の生活はとても質素ですよ。食事も他の子爵家と大差ありません。そのソファも大量生産しているおかげで、老舗メーカーの製品よりも安いくらいですから」
純粋に感心するナザリーとは対照的にシンシアには狙いがあった。
(公爵家で我が商会の家具が使われれば、良い宣伝になります。こんな機会を逃すわけにはいきませんからね)
テーブルの上に置かれたポットから、シンシアが紅茶を注ぐ。カップも茶葉もすべてが商会の扱っている商品だ。繊細で気品ある香りが湧きたち、鼻腔をくすぐった。
「この紅茶も絶品なんですよ。是非、飲んでみてください」
「は、はい」
紅茶を口に含んだナザリーの目の色が変わる。思わず漏れたのか、「美味しい」と小さく感想を口にした彼女に、シンシアは満面の笑みを向ける。
「先日、頂いたケーキもとても美味しかったですよ」
「ほ、本当ですか⁉」
「はい。この紅茶にもきっと合うと思います」
「私も同じ感想を抱きました。やっぱり私たち似た者同士ですね!」
新しい共通点を見つけたことが嬉しいのか、ナザリーは身を乗り出す。彼女について事前に情報を収集していたシンシアは、彼女との共通点が他にもあったことを思い出す。
「ナザリー様は読書がお好きなんですよね?」
「はい。恥ずかしながら大衆文学が好きで、浮気した婚約者をやりこめるような話が最近のお気に入りです」
「私も何作か目を通しました。浮気をする男は最低ですからね。ハッピーエンドで終わる結末に、いつも楽しませて貰っています」
シンシアは何気ない一言を放つが、ナザリーの顔色が見て分かるほどに悪くなる。その心情の変化について心当たりがあった。
「もしかして、婚約者のルーク様に浮気されているのですか?」
ナザリーについて調査した際、その婚約者のルークについても報告が上がっていた。品行方正な好青年で、頼り甲斐のある人気者。非の打ちどころのない人物だ。
彼の出自は男爵家だが、軍事に強い影響力を持つ武門の家系だ。だからこそ男児のいなかったヴェルミナ公爵家は、彼を婿養子として縁談を結んだのだ。
ただ家同士の婚約ではあるものの、ナザリーは彼を慕っていた。だからこそ彼が浮気しているかもしれないとの疑念が、彼女の表情を曇らせていた。
「浮気をしている証拠はありません。ただ私とは距離を置かれていて……一方で、彼は別の女性と親密にしているんです……そして、その相手は……シャリアンテさんなんです」
「えっ⁉」
掴んでいなかった情報を聴かされ、驚きを隠せなかった。
(またあの女ですか……)
シャリアンテはレオパルドとの浮気疑惑があった。だがルークが浮気相手だとすると、話が変わってくる。
(浮気の真偽を確かめるためにも、私が動くとしましょう。ナザリー様を助けてあげられれば一石二鳥ですしね)
シンシアはナザリーの温和な性格に好感を抱いていた。孫娘の親友にはこんな娘が相応しい。幸せにしてやりたいと、意思を固める。
「その問題、私が解決しましょう」
「え⁉」
「ですが、その前に確認だけさせてください。ナザリー様は婚約をどうされたいのですか?」
「続けたいです。根は悪い人ではありませんから……だから、もし本当にシャリアンテさんのことが好きなら私は身を引きます。ただ……あの人の評判はあまりよくありません。クラリスさん以外にも、何人もの生徒をいじめていたと聞いています。もし悪い女性に騙されているだけなら、彼の目を覚ましてあげたいんです」
「ナザリー様のお気持ちは良く分かりました。この一件、私が仕切らせていただきますね」
新たな友人のために、怪物は動き始める。結末までのゴールを頭の中で描きながら、問題解決に向けて策を巡らせるのだった。




