宴
俺は、例の食品店の前に立ち寄った。昨日と同じで、大勢の人がいる。しかし、昨日と異なるのは、店員の数だ。パッと見ただけでも、5人は見える。
しかも、全員がいかつい見た目で、筋肉モリモリ。お腹が空きすぎているため、なんだか美味しそうに見えてきた…。い、いや!何を考えているんだ、俺!まさか、昨日の失態から、盗みの対策をしてきたのか!?
これでは、盗みを働けないじゃん。もう、お腹が減って体力は限界状況なのに、困ったなぁ〜。行き詰まったし、仕方が無いので、一応彼女に聞いてみよう。
ミズモ 「なぁ、ポルカーン…」
ポルカーン 「なんじゃ?」
ミズモ 「他に食料を得られる所、知らない?」
ポルカーン 「いくつか知ってるぞよ!人食い植物ギガイーターとか、魔獣のマウンテンタイガー、ドラゴンの洞窟にダイヤモンドスネークなど…」
指を一本ずつ握った手から開放しながら、自慢げにポルカーンは語っている。顔は少し上を向き、目は瞑っている。そして、腰にもう一方の手を当て、大きな口を開けながら…。そのうち、その手も何かを数え始めた。声も、少し高く大きいと思う。彼女の自慢と、誇らしげな気持ちが読み取れる。
ミズモ 「……」
彼女に聞いた俺が馬鹿でした。魔女ポルカーンからすれば、そういった不気味で強力な魔物が食料だったのかもしれない。だけど、俺は平凡な少年だ。難易度が高すぎる。彼女は、バスター達でも一苦労するレベルの奴らの名前ばかり並べてきた。
ミズモ 「も、もういい。もっと簡単そうな物を…」
…いや、今の彼女には、機嫌を取らせてあげよう。よし、昨日できたんだ。今日もできるに決まっている!
ミズモ 「ところで、今何か効果のある魔法を発動したりできないかな?」
ポルカーン 「あるぞ!例えば…」
俺は、勇気を振り絞って店に近づく。いざ最高の作戦を思いついたとしても、あの店長をはじめとする軍団に立ち向かうのは恐縮する。ポルカーンは、後ろからついて来る。
店長 「いらっしゃい!」
流石は店長、視野が広く、この大勢の中でも監視の目を緩ませないとはなぁ。幸い、俺の姿は知られていないみたいだ。…というか、俺は泥棒した服のフードを深くかぶっているから、顔は分からなくしてあるのだ。
ミズモ 「店長さん!俺は、お金が無いから、決闘してください!そして、勝ったら食料を少しで良いからください!」
店長 「いいだろう。のった!みなさーん!!少し場所を開けてくださーい!」
うん、こじきのスタイルで攻めると、決闘は必ず受けてくれる性格を利用したぜ!そして、普段はあまり見られない店長の決闘を観ようと、近くの人々も集まって来た。うんうん、思い通り!
観客が囲んだ円の中で、俺と店長は戦闘態勢をとる。
ミズモ 「レベル11の、ミズモ」
店長 「レベル35の、アキレス」
うッ!レベル差がヤバい…。だけど、大丈夫大丈夫。こっちにはドッペルゲンガーと、最高の作戦が…。
「いざ、勝負!」
スキル発動。パッ!
2回目の変身だから、俺が前回の決闘で習得したのを使ってやる!
店長 「なるほど、身体能力を上昇させるタイプか」
よし、少し大きくなっただけだと思っているな。俺の顔が見えないのは、ドッペルゲンガーを活かす最高の方法だと考えているのさ。
店長は、スッと手を握ろうとする。あれが、スキル発動の合図だと、もう知っている。手が完全に握られると、手足が動かなくなる拘束系のスキルだ。
俺は、指を鳴らした。パチンッ!
これは、相手を1秒間止める新パワーだ。前回の、若手剣士との決闘後に得た。しかし、2回以上変身した相手にのみしか効果を適応できない。
店長 「なにっ!?」
はい、俺の勝ち。俺は手を握る。そして、店長の自由を奪う…。
店長 「ぐおっ…!」
ドサッ。ドサッ。
ミズモ 「……あれ!?」
なぜ、俺も倒れるんだ?2人揃って地面に倒れ込む。
ワァー!!観客から、ドッと歓声が湧く。
ど、どういうことだ?フードから、顔を覗かせて店長を見る。そして、わかった。店長も、手を完全に握っていたのだ。俺が、少し余韻に浸り過ぎたのが原因だろう。しまったなぁ〜。
ミズモ 「ど、どうだい店長、このままでは、らちが開かない。ここは、引き分けで手を打たないか?俺に渡すのは、りんご2つだけで良い。どうかな?」
店長 「ん〜、しゃあない。それで許してやるよ」
どちらも能力を解き、立ち上がって、歩み寄る。俺も、元の姿に戻った。観客からは、拍手も聞こえてくる。俺たちは、お互いを認めたかの様な、爽やかな笑顔で握手を…
ミズモ 「今だ!!ポルカーン!」
ポルカーン 「サンシャインブラスト!!」
ピカッ!
突然、あまりにも眩しい光が、辺りを満たした。夜のハイベルンジャー通りには、多くの明かりが満ちているが、それらを全てかき消すかのような輝き。
周りの人々 「うわぁぁぁぁぁ!」
俺は猛ダッシュで店に駆け寄る。近くにいたポルカーンが亜空間をうみだし、そこにありったけの食料を詰め込んで、奪い去って行く。あの光だ。数十秒は目を開けられまい!
ポルカーン 「さっさと行くぞ!あの店長のスキルは、厄介じゃ!」
ミズモ 「だ、大丈夫だって。あのスキルは、対象の姿を確認していないと発動しない。それを知っているし、この事も計画通りだ!」
ポルカーン 「さっすが!計画的犯行じゃな!」
俺たちは、路地裏へと逃げ込み、ひと休憩をとった。俺たちは手にりんごをとって、りんご同士をかち合わせた。
「「おつかれ!」」
周りにも警戒を配りながら、ポルカーンと幸せな夜ご飯を堪能した。これだけの食料があれば、頑張れば1ヶ月は大丈夫そうだ。
このフードも、ここでは外していいだろう。正体を隠す。光を遮る。今は、そんな事気にせずに楽しもう!