君と共に
俺には幼い頃から体の弱い幼馴染がいる。
名前は藤田悠子。
ここ五年は一週間だけ自宅に戻ると言う時期が何回かあっただけだ。
俺―江藤久―は悠子のこともあり、病院に良く通っていた。
二四歳になった今でも、仕事の時間を調整しては俺は悠子のところに通っていた。
その日は雨が降っていた。
真冬の雨はとても冷たい。傘を差しているが、時折手に雨が当たって痛かった。
病院について、俺は傘を閉じると傘を回転させて雨のしずくを落とす。
受付で顔見知りの看護士さんに挨拶すると、六階の六〇八号室へ向かった。
ドアの前に立ってノックをして、三秒待ってから入る。
「悠子。遊びに来たぞ〜」
「久ちゃん」
俺が病室に入ると悠子は読んでいた本を閉じて、俺を見る。
綺麗な笑顔だ…。
悠子はもう長い間入院生活だ。
病名は不明。原因不明の臓器不全だそうだ…。
そのせいか、悠子の肌はとても白い。
まるで西洋の人形のように白く、贔屓目を抜いても綺麗なのだ。
儚い美しさ。まるで桜のように美しく、桜のように儚く散ってしまいそうな…。
「どうしたの?」
俺がじっと悠子を見てたため、首をかしげて尋ねてくる。
「いや、何でもない」
俺はそう言って持っていた袋からセーターを取り出す。
色の白い悠子にも似合いそうな赤いセーターだ。
原色では色が強すぎるから薄い赤のセーターを選んで持ってきた。
「ほら、誕生日プレゼントだ」
「ありがとう。嬉しいよ」
嬉しそうな笑顔だ。
だが、これを悠子は今、着れない。
腕には点滴が数本。そう数本繋がっているのだ。
着る時はこの点滴を外すのだが、セーターにも穴を開けなければならない。
いつも俺がプレゼントした服には腕の部分に点滴を刺すための穴が開いていた。
「でも、また穴開けるしかないんだよね…」
そう言って悠子は暗い表情になる。
もう何年もこんな生活を続けているのだ。
いい加減嫌になってきているのだろう。
「わたしね…。一つ夢があったんだ」
「何だ?」
「久ちゃんとね。水族館とか動物園に行ってみたいんだ」
「悠子…」
原因不明の臓器不全にはかなりの制限が付く。
ほとんど自宅と病院以外は外に出られないのが現状だった。
「もう…、嫌だよ…」
「…」
「もうこんな生活いやぁぁぁ!!」
突然、悠子が自分の点滴を外すとそれを床に投げつけた。
ありったけの力で枕を掴むと、それを壁に投げつける。
「どうして!? どうしていつも久ちゃんと一緒に居られないの!」
「どうして! ただ久ちゃんと一緒に居ただけなのに!」
布団を掴むとそれを顔に押し付けて泣き出した。
俺は、拳を握る。
そして、ある決意を決めるのだった。
「悠子」
俺はベッドで身を起こしている悠子を抱きしめた。
思いっきり、力強く。
「ひ、ひさし…ちゃん?」
あまりのことに悠子が驚いたように言う。
俺は抱きしめたまま言った。
「こんな生活嫌だよな?」
「もう、嫌!」
「もし、お前が本気なら、たとえ僅かしか生きられないとしても普通に生きたいなら」
一段と俺は力を込める。
少し痛いだろうが構わない。
これが俺の想いだ。
「俺がお前の残りの人生をもらう!」
「ひ、久ちゃん!?」
驚いたように体が撥ねるのが分かった。
「朝は一緒におはようって言って朝ごはんを食べよう!
昼は一緒にテレビ見て笑いながら昼食を食べよう!
水族館や動物園にも一緒だ! 夜も一緒にいる。だから、もし…。
もし、本気なら残りの人生わずかでも思いっきり生きたいなら俺がお前と一緒にいてやる。お前の人生の全てを受け止めてやる!」
「久…ちゃん…」
俺は一度悠子から離れる。
悠子の目には大粒の涙が溜まっていた。
俺は悠子の目を見ると決意をぶつける。
「お前の人生は俺の人生だ。悠子、結婚しよう!」
「ううぅ…」
悠子が手を口元に当てて嗚咽をこぼす。
何か言おうとするが、泣き出しそうなのか何もいえない。
「お前がどんな病気で俺が例え悲しい思いをしようと構わない! 俺は世界でお前だけを愛してる! だから俺と一緒に道を歩こう!」
再び俺は悠子を抱きしめた。
強く強く。
「久ちゃん! うああああ!」
悠子は俺の胸の中で思いっきり泣く。
ずっと悠子を見てきているが、こんなに泣いたのはきっと初めてだろう。
俺の胸の中にいる小さい女の子を俺はこの時、俺の人生全てを使って護ると決意をした。
あれから三〇年。
俺はある海岸に沿したお墓に来ていた。
悠子は結局三年と生きれなかった。
だけど、最後のあいつはとても幸せそうだった。
病院で生活をしていればもしかしたら、まだ生きていたかもしれない。
でも、薬漬け、寝たきりという最悪な生き方だったかも知れない。
「お父さん」
その声に俺は振り向く。
そこにいるのは悠子を生き写ししたような女性だ。
「お母さんは何て言ってたの?」
奇跡という言葉はあるらしい。
悠子が死ぬ一年半前だ。
奇跡的に悠子は子供を身ごもっていたのだ。
絶対に子を授かることはないだろうと医師に言われていたが、それでも子供を授かったのだ。
名を幸恵という。幸せに恵まれるようにと悠子が思いを込めて名づけたのだ。
男なら勇一。勇敢に一番優しい人にと思いが込められている。
「ああ。幸恵も大きくなったねって。わたしそっくりだからお父さんを取られちゃうんじゃないかって心配してたぞ」
「ふふふ。お父さんはお母さんの大切な人だから…。わたしはお父さんの娘で十分だよ」
そう笑う幸恵はとても綺麗なのだ。
悠子の笑顔に良く似てる。
「俺だったらお前を養子に出して、結婚してもいいぞ」
「え? もう、お父さんったら〜」
照れ隠しのように俺の背中を叩く幸恵。
俺はこの子を本当の意味で幸せに恵まれた子として育ててこれた。
こんなにいい子なのは悠子のおかげかもしれない。
俺は一度歩みを止めると振り向いて最後に、悠子の墓を見た。
なあ、悠子。
お前と俺の子はとても幸せに育っているぞ。
お前は先に逝ってしまったが。
俺の心はお前と共に歩いてる。
まだお前のところには行けないが。
そうだな、そっちに行くときはまた赤いセーターを持って会いに行くよ。
その時が来るまで、寂しいだろうが。
少しの間、待っててほしい。
「お父さん! 何してるの!」
その声に一度俺は目を閉じる。
そして目を開けて俺は幸恵の方を見た。
「ああ、今行くよ」
それじゃあ、悠子また来年。
桜の花が咲き誇る春にまた来るよ。